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feminism matters

英語(とたまに韓国語)のクィア・フェミニズム系記事の翻訳の貯蔵庫。

「セクシーで悲劇的なミューズ」:精神疾患と男の眼差し

表象 カルチャー

Sexy Tragic Muse: Mental Illness & The Male Gaze

「セクシーで悲劇的なミューズ」:精神疾患と男の眼差し

 

原文はこちら。 http://www.guerrillafeminism.org/mental-illness-and-the-male-gaze-anne-theriault/

 

2015/11/16

Anne Thériault

 

は じめて「セクシーで悲劇的なミューズ」のことを認識した時のことははっきりと覚えています。私は20代になったばかりで、ハリファックスのノースエンドに あるおんぼろの古い木造の家に住んでいました。友達とMSNのメッセンジャーでチャットしていたのですが…というと何年ごろのことだかばれてしまいます ね。私たちがハマった曲について長々と話していたとき、その友人が、ライアン・アダムスのシルヴィア・プラスという曲のyoutubeの動画のリンクを 送ってきたのです。ライアン・アダムスの曲を聞くのは初めてでした。友達は私がシルヴィア・プラスが大好きなのを知っていて、この歌も気に入るだろうと 思ってリンクを送ってくれたのです。でも、そうはなりませんでした。

 

 

好 きになれたらどんなによかったか。ライターであり精神疾患をもつ女として、おそらく私のプラス崇拝は行き過ぎで、彼女についてであれば何でも見たいと思っ ています。しかし残念ながら、ライアン・アダムスのこの曲は、実際はプラスについての曲ではありませんでした。Bメロに入るまでに、アダムスが実際に歌っ ているのは、名前以外似ても似つかない別人であることがわかったのです。

 

アダムスの歌うプラスは、ジンをがぶ飲みし、 チェーンスモーカーで、素っ裸の痩身で、彼いわく「出かけたあとは一週間眠り続」けます。可愛い家のカーペットに煙草の灰を撒いたり、ボートで寝たり、彼 に薬をこっそり飲ませたりといった無鉄砲な振る舞いは、アダムスの歌詞ではロマン化されています。プラスの作品『The Bell Jar』のなかでEsther Greenwoodが、熱いお風呂に入る幸せについて詩を吟じたのを意識しているのか、それとも単にプラスと韻を踏める単語として思いついたのが「バス」 しかなかったからなのかは知りませんが、プラスが自分をお風呂に入れてくれたら、と歌ってみたりもします。

 

彼が描く女の イメージは実際のシルヴィア・プラスには似ても似つかないものです。プラスはタバコを吸わなかったし、家事については几帳面で、私が知るかぎりでは、男を 風 呂に入れる能力で有名だったりはしません。アダムスの描く「シルヴィア・プラス」は、セクシーと精神病の間の境目を歩く女(男はそういう存在がいると信じ ているようです)についての理想の投影とファンタジーの塊です。彼女は人間であるというより、男が好き勝手できるモノなのです。

 

シ ルヴィア・プラスは苛烈で卓越した詩人で小説家でしたが、彼女の自殺についてのことのほうが人々にはよく知られているでしょう。プラスの名前を聞いて私た ちが真っ先に思いつくのは、オーブンに頭をつっこんだ若い女だということです。彼女の自殺と死は、彼女の人生と生前の仕事を覆い隠してしまい、彼女の名前 はある種の悲劇的な美の代名詞となりました。アダムスが、シルヴィア・プラスがほしいと歌った時、彼は陰鬱なエピソードや自殺念慮を経験した誰かのリアリ ティが欲しいと言っているわけではありません。彼がほしいのは、悲しいけれど野性的で、衝動的で、セクシーな、彼を満たす誰かです。実際の人間がほしいの ではなく、「セクシーで悲劇的なミューズ」がほしいのです。

 

「セクシーで悲劇的なミューズ」は音楽、映画、文学などメディ アのどこにでも見つけることができます。Manic Pixie Dream Girl[くよくよした若い男に、人生とその冒険を受け入れろと教えるためだけに存在する、繊細な脚本家・監督ののぼせあがった想像力の中にしか存在しな い、快活で、薄っぺらいキャラクター。映画「エリザベス・タウン」でクリスティン・ダンストが演じたような役のこと。自分の幸せは追わず、成長することも なく、ただ男の成長を助けるためだけに存在する。]にも似ていて、実際この2つの比喩にはどこか重なるところがあると思いますが、「セクシーで悲劇的な ミューズ」には独自性もあります。「セクシーで悲劇的なミューズ」はたいてい若く、そしてほとんど白人で、性的に過剰な存在として描かれます。30 RockのJack Donaghyが「感情的に不安定な女はセックスには最高」というときに念頭に置いているような女です。彼女はたいていの場合、性的暴行や他の男からの虐 待によって傷ついており、彼女の人生は、男性の主人公が学ぶべき深い教訓のようなものをもたらすのです。

 

映画「妹の恋 人」 のJoonはまさに「セクシーで悲劇的なミューズ」です。Carleen Tibbetsの素晴らしいレビューを要約すれば、Joonは「専門家の助けよりボーイフレンドがその薬になるような」、精神を病んだ女です。自分は患っ てもいない病気の自助グループに参加したがる、映画「ファイト・クラブ」のマーラもそうでした。映画「ジーア:悲劇のスーパーモデル」のジーアもそう。こ の映画の煽りは「死ぬには美しすぎ、生きるにはワイルドすぎた」でした。映画「エンジェル・ウォーズ」のベイビードールもそうです。ツインテールでラン ジェリー姿の純情な少女で、アヒル口でかわいこぶりっ子しながら精神病院から脱出しました。レオナルド・コーエンの歌「スザンヌ」のスザンヌもそうです。 スザンヌは「半分狂って」いますが「心をこめてあなたの完璧な体に」触れる事ができる存在です。

 

「セクシーで悲劇的なミューズ」のイメージにおいては、女性を消耗させる精神疾患は夢見がちな男性の眼差しというフィルターを通して描かれ、女性の痛みはフェティッシュとなります。それとともに生きている私たちにとってはそそるものではない、うつ病、双極性障害、統合失調症といった依存や病が理想化されます。「セクシーで悲劇的な ミューズ」は傷つきやすく、その傷つきやすさは性的な眼差しの対象になります。彼女自身を適切に労ることができず、自分で物事を決められないことが、彼女の魅力として描かれるのです。

 

「セクシーで悲劇的なミューズ」について最も腹立たしいのは以下のことでしょう。ストーリーを語る上で、このようなキャラクターを登場させることは、露骨な女性嫌悪という印象をあたえるのを避けつつ、女性キャラクターから主体性をはぎ取る巧みな 方法なのです。彼女は健常主義と性差別の交差する地点におり、彼女の精神疾患は、彼女をケアするまわりの人にとって価値があったり、必要でさえあるものとして描かれます。彼女は明らかに自分で自分を救う力がないのですから、私たちは成長して彼女を救う男性がいてくれてよかったと安心します。たとえ彼が彼女 と別れても、彼女は難しく扱いにくいのだからしょうがないと彼に同情します。私たちが彼女の目線から物事を見ることは決してないのです。しばしば、そんなことは不可能であるとさえ示唆されます。彼女の見方はあまりにも混乱していてしっちゃかめっちゃかだからです。

 

精神病の女性を字義通りのモノとして、男のニーズを叶えるだけに存在するといっていいようなモノとして扱う物語がこんなにもたくさんあることにはがっかりです。私たちの痛みや苦悩は、彼らにモノ化され、夢見がちにぼかされ、彼らの成長のための万能薬として供されるためにあるのではありません。私たちは私たちの生に 対して自律の権利をもっています。苦しむことがあったとしても、その苦しみとの闘いがいかに他者を利するかによって自分の価値が決められたりしない、十全な人間として存在する権利があります。自分の病気を、それを経験していない誰かに性的に眼差されることなく、性的な存在として存在する権利があります。私 たちには存在する権利がある。以上。そこに余分な限定など必要ありません。

 

精神疾患を持つ女性の表象がメディアに存在することは大事なことですが、全ての表象が平等につくられているわけではありません。私たちは、精神疾患とともに生きる人々の多様なリアリティを反映したキャ ラクターがほしい。そういった人たちの生のあらゆる面を描いた物語がほしい。困難や苦しみの部分だけでなく、喜びや、困難に抗って生き延びているという勝 利の部分も含めて。私たちが他者に対してもつ感情的なインパクトについてではなく、私たちについての物語が必要なのです。

 

結局、私たちも人間なのですから。

 

Anne Thériault is a Toronto-based writer, activist, and social agitator. She is the author of My Heart is an Autumn Garage, a short memoir about depression. Her work can be found in The Washington Post, Vice, Jezebel, the Toast, and others. Her comments on feminism, social justice, and mental health have been featured on TVO’s The Agenda, CBC, CTV, Global and E-talk Daily. She’s really good at making up funny nicknames for cats.