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feminism matters

英語(とたまに韓国語)のクィア・フェミニズム系記事の翻訳の貯蔵庫。

セーラームーンのフェミニズム

The Feminism of Sailor Moon

セーラームーンのフェミニズム

 

Rose Bridges

2014/7/10

 

原文はこちら。 https://bitchmedia.org/post/the-feminism-of-sailor-moon

 

1990年代にテレビを見て育ったなら、少なくとも何話かはセーラームーンのアニメを見たはずです。10代の女の子たちであるセーラー戦士が宇宙からやってくる悪と戦うという日本のアニメシリーズは、少女たちが学校の後の楽しみにしている漫画の金字塔でした。セーラームーンで初めてアニメに触れた人は多く、もっと重要な事に、セーラームーンは、エンパワーされた若い女性を中心に据えた子ども向けプログラムは、ドル箱コンテンツとしてのアピール力があるということを証明したのです。セーラームーンは日本で「魔法少女」ジャンルを再定義して蘇らせ、さらに海外にも影響を与えたことは、「パワーパフガールズ」や「マイリトルポニー:トモダチは魔法」などから見て取ることができます。

 

 

 

今年、セーラームーンが帰ってきます。まず、セーラームーン・クリスタルのストリーミングが7月5日に始まります。第1話はHuluとアニメのストリーミングサイトのCrunchyrollで、日本語音声と各言語の字幕付きで放映されました。ファンが出会い、愛し続けてきた昔のストーリーを、よりキラキラして、アップデートされたヴィジュアルで届けてくれます。また、5月には、アニメと日本の漫画の会社であるViz Mediaがオリジナルのセーラームーンのエピソードを全てHuluと自社サイトNeon Alleyで毎週公開することが決まっています。字幕が好きではない人のために、Vizは英語吹き替えバージョンのDVD/Blu-Rayを今年の暮に発売する予定です。

 

Huluでストリーミングされる200のオリジナルのエピソードはカットなし、つまり1990年代にアメリカで放送された時にカットされたストーリーが復活しています。セーラー・ウラヌスとネプチューンのはるかとみちるはレズビアンのカップルで、世界中の女の子たちが自分たちのセクシュアリティを理解するようになるプロセスを助けました—運良くカットなしバージョンを見ることができていた場合には。不幸にも、アメリカとカナダで放送されたものを含む多くの海外版では、少女たちのセクシュアリティは消されてしまいました。英語版で変更が加えられたLGBTQのキャラクターは、はるかとみちるだけではなく、そのせいでこのシリーズの革新的な遺産は、何年にもわたってその輝きを曇らされてきました。

 

Vizのアニメ・マーケティング部門のシニアマネージャーであるCharlene IngramがAnime News Networkのインタビューで語ったように「はるかとみちるの関係性には本当にどきときして、オリジナルそのままで公開することにしました。彼女たちの関係がスキャンダラスだとは見られない素晴らしい時代になったと思います。きっと美しいロマンスとして受け入れられるでしょう。」

 

セーラームーンというと子どもっぽく思われるかも知れませんが、私は多くのファンが物語に夢中になったことを知っています。アニメ化される前、セーラームーンは連載コミックで、日本語で言う「漫画」でした。私は大学生の頃にセーラームーンの「漫画」版を読み、自分自身のバイセクシュアリティを受け入れるようになり、はるかとみちるのような関係を、自分も女の子と持ちたいのだと納得できるようになりました。

 

もちろん、フェミニズムの観点から、セーラームーンが完璧だというわけではありません。セーラームーンや魔法少女ものが「女性性を武器にする」こと—つまり、女性的にコード化された攻撃や、コスチュームが彼女たちの力の源泉になっている—を賞賛する人と同じぐらい、これを「ジェンダー本質主義を武器にする」ことだと読む人々もいました。変身前の姿のキャラクターたちのジェンダー表現はバリエーションに富んでいますが—たとえばトム・ボーイのセーラー・ウラヌスは伝統的には男性のものとされる服装をしています—みんな悪と戦うために実用的でないミニスカートとハイヒールの姿に変身します。女性性のなかにパワーがあることを示しているのは素晴らしいことですが、それが強制なら話は別です。さらに、ミニスカートのせいで登場する多くのパンチラショットのことを考えれば、彼女たちのコスチュームが純粋に「エンパワーメント」だとも言い難いです。

 

とくにアニメの初期のエピソードにおいて、うさぎが泣き虫で、ミステリアスな男のタキシード仮面の救いを必要とする囚われのピーチ姫のように振る舞うことも、フェミニストの批判の対象になりました。これは、キャラクターの成長によって改善されていきます。うさぎの最初の頃の「弱さ」はただ、彼女が最初は何をどうしたらいいのかわかっていない10代の若い少女であったゆえのもので、そこにとどまるわけではありません。成長して強くなり、より自信を持ち、最終的には少女の救いを必要とするのはタキシード仮面のほうになるというダイナミックな反転が起こります。しかし、90年代に放映されたバージョンのアニメを見てみると、うさぎはある敵に対しては勇敢に戦闘に突入し、別の敵に出会った時には泣いてタキシード仮面や他のセーラー戦士の助けを必要としたりという一貫性のなさもあります。

 

でも、フェミニズム的なところは本当にフェミニズム的です。90年代版のアニメで興味深いサブテクストは、若い女性を食い物にする消費主義が頻繁に登場するということです。男性の悪役であるジェダイトが人間のエネルギーを収奪するために使う戦略の多くに、女性的とされる消費活動(宝石店、フィットネスセンター、タレントのスカウトなどを含む)が登場します。私の友達いわく、「セーラームーンは、女の子たちにモノを売りつけようとする人にはいつも注意しろと訓練しているみたい。」セーラームーンに変身してジェダイトを倒すとき、うさぎは、自己中心的で有害な目的のために「若い女の子の夢を利用する」悪を許さないと言うのです。

 

セーラームーン・シリーズには、非常に幅広いキャラクター、趣味関心、ジェンダー表現を見せてくれるセーラー戦士たちが登場します。本が好きな亜美、運動神経抜群のまこと、芸術家肌のみちるなど、どんな女の子もお気に入りの戦士を見つけることができます。また、セーラームーン・シリーズでは、たとえば、まことがトム・ボーイであることを笑われ、料理を習おうとするなど、伝統的な意味で女の子らしくない女の子たちがジェンダー役割と付き合っていく苦労にもしばしば触れられます。

 

新しいセーラームーン・クリスタルは原作漫画のストーリーに忠実に、ほかのテレビ番組とは違って、戦士たちのパーソナリティーや家族生活を掘り下げることにはあまり時間を割かず、全体としてのトーンも暗くなります。プレミアとして公開されたアニメの第1話のエピソードには、原作漫画を反映して様々な変化がありました。ギャグシーンやキャンプなシーンはトーンダウンしています。話が進むペースも速く、うさぎが常にフォーカスされています(その背後にはタキシード仮面がいます)。一番良かったことは新しいテーマソングで、フェミニストがきっと好きだろう歌詞が入っています。「ただ守られるだけの か弱い少女じゃないわ」

 

全体として、セーラームーンの復活はつまり、より上質な少女向けメディアが復活したということを意味します。新しい世代の若い女の子たちに、女の子たちも強くなって悪と闘えるのだと見せてくれるはずです。

 

 

 

Rose Bridges is a staff writer for Autostraddle, where she covers news and entertainment, including a monthly anime/manga column called Q-taku.