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feminism matters

英語(とたまに韓国語)のクィア・フェミニズム系記事の翻訳の貯蔵庫。

なぜミッシー・エリオットのフェミニスト的遺産が犯罪レベルにスルーされるのか:ニッキーやビヨンセが好きなら、その道を切り開いたアーティストの功績を知るのは大事

Why Missy Elliott’s feminist legacy is criminally underrated: Because if you love Nicki and Beyoncé, it’s important to appreciate the artist who paved the way

 

なぜミッシー・エリオットのフェミニスト的遺産が犯罪レベルにスルーされるのか:ニッキーやビヨンセが好きなら、その道を切り開いたアーティストの功績を知るのは大事

 

原文はこちら。http://www.dazeddigital.com/music/article/29353/1/why-missy-elliott-s-feminist-legacy-is-criminally-underrated

 

2016/1/22

Kat George

 

ビヨンセが「フェミニスト」というサインの前でパフォーマンスする前、レディ・ガガが性差別を暴くために舞台の上にアーティストを呼び、ガガに吐瀉物をかけるパフォーマンスをする前、ニッキー・ミナージュが男性の眼差しを撹乱するためにお尻をふりたくる前、フェミニズムを主流の音楽に持ち込んだのはミッシー・エリオットでした。彼女の25年以上の偉大なキャリアのなかで、エリオットのメッセージはクリアなものでした。異性愛規範的なジェンダーの二項対立にあてはまろうとそうでなかろうと、女性は男性と平等で、男性と同じぐらい大事で、パワフルであるということ。エリオットは、女性はたんに見られる対象なのではなく自ら行動することができ、女性が意見をもってうるさくしているのは価値あることで、さらに、それについて女性が引け目を感じる必要なんてないのだという考えを広めるために尽力してきました。

 

 

1990年代初頭、Lil KimやQueen Latifahとともにヒップホップの中で女性のためのニッチを掘り出し、エリオットは彼女の主義に反する女性嫌悪やホモフォビア、偏見がはびこる業界とジャンルの中で、力強くフェミニストとしての声をあげました。ボディ・ポジティヴやセックス・ポジティヴにはじまり、女性を応援する女性のチャンピオンとなり、エリオットはポップにおけるフェミニズムを語る際に忘れてはならない存在となりました。彼女はポップにおけるフェミニズムへの道を切り開いた存在として祝福を受けるべきだし、女性の自律を支持する彼女の断固とした態度は尊敬に値します。さらに、彼女が2016年に新しいアルバムを発表するという事実にあなたは興奮を抑えられないはずです。

 

フェミニズムは最近のポップ音楽の風景のなかではありふれた話題で、この流れに飛び乗ったアーティストは称賛の嵐に迎えられます。しかし、スクリーンや音楽のなかに私たちが見るものはしばしば、気の抜けたジェスチャーのように見えますーー現状をひっくり返すことを狙ったものというより、話題作りのために使われるフェミニズム。たとえば、上述のビヨンセは「Flawless」というトラックでチママンダ・ンゴズィ・アディーチェのフェミニズムについての2014年のTEDトークの一部を利用し(「Flawless」は「頭を垂れな、ビッチ」と呼びかける歌でもあります)、同じアルバムのなかで彼女の夫Jay-Zが、いかにマイク・タイソンとかアイク・ターナーみたいにビヨンセを叩きのめしたかをラップする曲も発表しています。もちろん、私たちのポップなフェミニストたちが完璧であることを望むことはできませんが、ときに、実際の政治アジェンダを推進するためでなく、アルバムとコンサートチケットを売るためにフェミニズムが利用されていると感じることがあります。

 

ミナージュの「アナコンダ」がポップ・ミュージックのフェミニズムの頂点だと思っている世代には、あらゆるものを批評的なレンズを通じて見ることができるよう、この前の時代にどんなことがあったのかを覚えておくことは大事なことだと思います。つまり、今現在フェミニズムが人気の商品であり、ときに、それはアーティストたちが批評的な注目を集めるために必要とするバズワードでもあることを理解することです。ヒップホップにおけるパイオニア的な女性であるエリオットは、世論の承認を求めていたわけではなく(途方もなく才能があり、素晴らしい音楽を作ったので、当然人気者にはなったのですが)、ハッシュタグでトレンドになることを狙ったわけでもありませんでした。

 

ニッキー・ミナージュやビヨンセがボディ・ポジティヴィティを推進することを私たちが称えるのは、「ふくよかな」有色人種の女性として、痩せ型中心主義で真っ白な業界のなかで際立った存在であるからです。もちろんそこには一定の真実があります。ミナージュやビヨンセは他とは違う、興味深い存在です。ある一定程度は。でも、彼女たちはまだ女性的な美についての完璧主義にとりつかれ、伝統的な男性的欲望にだいたい沿う形でイメージを作っています。一方、エリオットはずっと(他に良い言葉が見つかりませんが)ほんとうの意味で、すくなくともより正直なアングルからボディ・ポジティヴィティに取り組んでいます。ビヨンセやミナージュがジェンダー規範を撹乱する上で果たしたことの価値を低く見積もるわけではありませんが、エリオットは家父長制に認められたセクシーさの助けを借りることなくそれをやり遂げたと言いたいのです。

 

たとえば、「I’m (Really) Hot」のビデオにおいて、エリオットはパラシュートパンツ、もこもこしたジャケットやジーンズ、フーディーを着て、お仕着せの美の概念にあてはまらなくとも、彼女はゴージャスであるということを自信満々にラップで表現しました。「The Rain [Supa Dupa Fly]」では、今では彼女のシンボルとなった空気を入れると膨らむ衣装で登場し、「Sock It To Me」では漫画みたいな、変形するコスチュームを着ました。エリオットはいつも男性に指示される美の理想よりも自分のスタイルと自信を優先してきました。結果、エリオットは美を非常に個人的なものにし、その過程で、どんな体型であろうと構わないのだというメッセージを発しました。

 

youtu.be

 

女性の美についてのルールを破ろうと積極的に模索しながら、同時に、彼女は成功についての「上げ潮は船をみな持ち上げる」理論[本当に良いことはすべての人の利益になる]に従い、いつも他の女性を応援してきました。他の女性たちを持ち上げるという、他のアーティストたちがめったにしないことをすることで、エリオットは他の女性たちの才能を開花させたのです。ステージ上での振る舞いや上っ面な歌詞だけでなく、実際に他の様々な女性たちと時間を過ごし、彼女たちが仕事で成功し、成長するよう手助けしたのです。エリオットが作詞し、ビデオにもゲスト出演した「1, 2 Step」がヒット作となり、デビューしてすぐ成功したCiaraはエリオットに大きな恩があります。エリオットはEve, Lil Kim, Lil Mo, Lady Saw, Charlene “Tweet” KeysやDa Bratなどとも気前よく作詞、製作の面でコラボレーションしてきました。1998年の「Crazy Feeling」と2002年の「Nothing Out There For Me」では、ビヨンセとも組んでいます。これはビヨンセが他の女性となかなか共演しないことを考えれば特筆すべきことです。(最近はニッキー・ミナージュともコラボレーションしましたが。)エリオットとアリーヤの「Best Friends」は、女性は互いに敵対するものという神話をふっとばすという彼女の意志の証明です。この曲は女性の友情と女性の連帯がどれだけ互いを勇気づけるものであるかということについての歌だからです。

 

さらに、エリオットは女性の性の自律を支持してきました。性的暴行とDVのサバイバーとして、彼女のセックス・ポジティヴィティは勝鬨のように深く、力強く、自分の身体を取り戻すと同時に他の女性たちが自分たちの身体を取り戻すのを応援するものです。セックス・ワークから(「Work It」のなかで、エリオットは「女の子たち、金をつかんで/9時5時の仕事だろうと腰をふるのだろうと/恥なんてない、ただ自分の仕事をしてるだけ/いつもあなたがゲームをリードして」とラップで歌っています)自慰まで(”Toyz”では、エリオットは「袋はおもちゃでいっぱい/男なんていらない」と歌っています)、エリオットのセックス・ポジティヴィティは無条件で絶対的で、人を元気づけます。彼女はどんな形の女性の性的欲望も、彼女自身のジェンダー・フルイドでありたいという欲望も拒否せず(ゆえに彼女はLGBTQコミュニティの強力なアライです)、女性の欲望も男性の欲望と同じく大人しくなんてない、重要なものだと主張するのです。彼女のボディ・ポジティヴィティ同様、彼女のセックス・ポジティヴィティは、家父長的規範によって女性に押し付けられた受け身/受動的なものではなく、より攻撃的で、主体的で、正直な女性のセクシュアリティを支持します。「Hot Boys」のなかで、エリオットは「ちゃんとした扱いをして/そうじゃないと承知しない」と要求し、男性からの承認と愛が女性にとっての究極のゴールというパラダイムに従うのではなく、リスペクトを得たいという欲望をより重要なものとして肯定します。そしてもちろん、「Work it」では彼女ははっきり「ダウンタウンに行ってハゲタカみたいに(セックスのパートナーを)食べてしまおう」と歌っている。そして、エリオットは断固として女性の性的自律への権利を擁護し、「Gossip Folks」では「どこでそんなこと勉強してきたの?/知ってること言ってみなさいよ/私が誰とくっつこうがヤッたりしようが関係ないでしょ/相手があなたじゃないからって怒り狂わないで」とラップし、スラット・シェイミングをするタブロイド紙を攻撃しました。

 

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性差別に反対し、エリオットは抑圧のために使われる言葉の意味を変えて自分のものにする上でも独創性に富んでいました。[エリオットの2作目のアルバムDa Real Worldでは、]Lil Kimが「その名前[ビッチ]が手に負えないなら、使おうとしないで」とラップする「Throw Your Hands Up」というインタールードが、「あの子はビッチ/私が好きなようにしてると/周りは熱狂して/燃やし尽くす」とラップする「She’s a Bitch」という曲に引き継がれます。エリオットが彼女のキャリアで成し遂げてきたことはすべて、ジェンダー平等と女性のエンパワーメントのナラティヴにのっとったもので、エリオットは今日愛されている「フェミニスト」のポップスターの誰よりも、彼女のアートの核にあるフェミニズムの理想にコミットしています。彼女が2015年にリリースした「WTF(Where They From)」がポップ音楽業界における黒人文化の盗用についてとりあげたものであることを踏まえれば、彼女は2016年にも言うべきことをしっかりもっているのだと期待できます。いまの世代に、ポップ音楽のフェミニズムがどんなものなのか見せてくれるクィーンの帰還が待ち遠しいです。