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feminism matters

英語(とたまに韓国語)のクィア・フェミニズム系記事の翻訳の貯蔵庫。

売春は犯罪であるべきなのか?

セックスワーク

Should Prostitution be a Crime?

売春は犯罪であるべきなのか?

 

2016/5/5

Emily Bazelon

 

原文はこちら。http://www.nytimes.com/2016/05/08/magazine/should-prostitution-be-a-crime.html#

 

昨年11月、Meg Muñozは西海岸アムネスティ・インターナショナル会議で講演するため、ロサンゼルスに向かいました。彼女は緊張していました。3ヶ月前、80カ国から500名以上の代表が集まった会議で、アムネスティは「合意に基づくセックスワークの完全な非犯罪化」を支持する決議を採択し、論争を呼んだばかりだったからです。ノルウェーやスウェーデンの人権団体のメンバーは集団で席を辞し、アムネスティが目指すべきは売春の需要を終わらせることで、それを許容することではないと言いました。世界中で、ソーシャルメディアを含むあらゆるメディアで、反対派がアムネスティを攻撃しました。ロサンゼルスでは、会議が行われたシェラトンホテルのロビーを抗議者たちが取り囲みました。Muñozが開場に入るのを妨げようとした女性の抗議者は、元セックスワーカーとして、Muñozはアムネスティの決議を支持すると伝えると、とても驚いたそうです。「彼女は私がスピーチする時間を尊重すると合意したのですが、実際にはそうはなりませんでした。」とMuñozは私に語りました。Muñozのパネルの間、彼女を含む他の抗議者たちは大声で叫び続けました。「でも、彼女にとってなぜ私の立場が理解し難かったのかはわかります。」

Muñozは、セックスワークとは何かをめぐる論争のまっただ中にいました。アメリカで、そして世界中で、多くのセックスワーカーたち(アクティヴィストの間で「売春婦」よりも好まれる言い方です)は、ワーカーが見られ、取り締まられる方法を変えようとしてきました。法律や社会の道徳、そして権利を求めるセックスワーカーをサポートするよりは女性たちを性の売買から救うことにフォーカスするフェミニストたちと闘っています。しかし、ここ十年で、セックスワーカーのアクティヴィストは新しい仲間を得ようとしています。来月、アムネスティの国際委員会が非犯罪化を支持することを最終決定すれば、とりわけ開発途上国においてHIVとAIDSの予防に向けてセックスワーカーたちと長年協力してきた公衆衛生団体たちに加わることになります。「HIVの広がりの緊急性は、本当に多くのタブーを破ってきました」とアムネスティの政策アドバイザーであるCatherine Murphyは言います。

レースの付いた白いブラウスを着て、メガネを掛け、茶髪で、今年43になるMuñozはステージに上がり、落ち着いた様子で、意を決し、マイクに向かって彼女のストーリーを語り始めました。彼女は18の時にロサンゼルス郡の高校を卒業し、エスコートとしての仕事を始めました。週に何度か、ダンスクラブで男を誘い、ホテルやアパートメントで100ドルかそこらでセックスしました。彼女はレストランでウェイターとしてもバイトをしていましたが、誰かに求められ、それで服や楽しいことのためにお金を稼ぐほうが好きでした。「本当に、本当に仕事が好きでした。」彼女は100人を超えるアムネスティの会議の聴衆に向けて語りました。「少し向こう見ずでした。」その無鉄砲さによって、Muñozはメタンフェタミンに手を出しました。彼女の両親が、薬を使っている彼女を見つけ、彼女をリハビリ施設に送りました。Muñozはエスコートの仕事とドラッグをやめ、彼氏と真剣な付き合いを始めました。24になったとき、その関係も終わり、両親は家を売り払いました。Muñozは初めて、自分で自分の生活費を稼ぎ始めました。家賃や車の保険の支払い、大学に通うための貯金を考えると、エスコートが生計を立てる手段になりました。「私はゴールに向かって進んでいて、セックスワークはそれを助けてくれました。」Muñozは聴衆に語りました。

しかし数年後、親しくしていた元恋人が、Muñozの仕事がおおっぴらにできる性質のものではないということにつけこもうとしました。最初、駐車違反でレッカー移動された車を取り戻すお金を払ってほしいと頼みました。次第に、要求する額は大きくなり、いつ、どんな客と仕事をするかにも口出しするようになりました。Muñozは人身売買の犠牲者には見えませんでした。自分の車を運転し、学校に通い、自分で生計を立てていました。でも振り返ると、それは彼女がそう思っていただけでした。「仕事が違法だったから、彼がそこを利用したんです。彼は、家族やみんなにばらすぞと脅しました。」

その男は暴力的で、Muñozは友達の助けをかりて逃げ出しました。後にその友人と結婚しました。元恋人が彼女をコントロールしたやり方が忘れられず、Muñozは2009年、オレンジ・カウンティで、Abeniという小さな団体を作り、彼女がそうしたように、女性たちが売春から逃げるのを助ける活動を始めました。活動をはじめて数年後、その時4人の子どもがいたMuñozは、エスコートの仕事がうまくいき、経済的な安定性をもたらしてくれた時期のことを思い出せるようになりました。自分の中で葛藤し、「良心の危機」と彼女が呼ぶものを経験し、Abeniにやってくるクライアントにとって何が最善かという自分の考えが間違っていたのではないかと後悔するようになりました。新しいクライアントを抱えるのをやめ、MuñozはAbeniをセックスワークをやめたい人はやめられるように助け、続けたい人は安全に続けられるよう助けるオレンジ・カウンティでも数少ない団体の一つにしました。

アムネスティの会議で、Muñozは聴衆に、非犯罪化は性の売買の地下化を防ぎ、多くの人に利益があるという彼女の考えを話しました。「エンパワーされたセックスワーカーの力を信じます。」彼女は言います。「私もその一人でした。しかし、エンパワーされたセックスワーカーが、セックスワーカーの典型とは言えません。このことを正直に認めても構わないのでしょう。」Muñozは、セックスワーカーの間の社会的・経済的分断を指摘しました。セックスワーカーの運動のアクティヴィストたちは、教育を受けており、時給換算で数百ドル稼ぎます。そういうワーカーたちが自分たちを描いて使う言葉たち—女帝、フェティシスト、sensual masseuse、高級娼婦、sugar baby、淫売、魔女、変態—といった言葉は、遊び心をもってあえて使われる言葉たちです。

こういった人たちの関心は、生き延びるためにセックスを売らないといけないと感じている女性たち、たとえばなんとか家賃を払わないといけない母親や、家出した10代の少女の関心とはかけ離れているようにみえるかもしれません。こういった状況にある人達は、自分のことを「セックスワーカー」とは呼ばず、自分たちを運動の一部とも考えていません。「私たちが一緒に仕事をする人たちが絶対に使わない言葉です」とニューオーリンズで、アフリカ系の低賃金の女性やトランスのクライアントと活動しているWomen With a VisionのDeon Haywoodは言います。Haywoodのクライアントの中には、よりフレクシブルでマクドナルドのバイトよりも賃金が良いという理由で、セックスを売る人もいます。

人権活動家は、ひどい状況に置かれた人たちのほうに注目します。「多くのフェミニストのように、セックスワークについては葛藤してきました」とHuman Rights Watchの女性の権利部門のエグゼクティブ・ディレクターであるLiesl Gerntholtzも言います。彼女は4年前から、非犯罪化を支持する立場を取るようになりました。「選択肢がほとんどない中でセックスワークをする女性のことを皆が話します。誰もセックスワークをしないですむ世界に生きたいと思うかって?もちろんです。でも、そんなことは起こりません。だから、私は女性が、強制ではなく、安全な方法で仕事ができる世界に生きたいと思うのです。警察官や客にレイプされたら、そいつらが罰され、調査されると確信できるように。ワーカーの子どもたちが学校で疎外されたりせず、大家に追い出されたりもしないように。」

アムネスティとHRWは非犯罪化を支持する他の団体—UN AIDS、WHO、Global Commission on HIVとLaw and the Open Society Foundations—とともに、性産業に深刻な問題があることを認めつつも、法改正によってそれを減らすことができると言います。昨年、The Lancetは「セックスワークの非犯罪化は、HIV感染予防に大きな効果がある」という予想を出しています。コンドームや医者の治療へのアクセスが向上するからです。政府は、合意した成人のセックスワークを取り締まる時間を、人身売買や未成年者の売春の摘発に割くことができます。

プラグマティックな議論でしょう。しかし、セックスワーカーの運動は、イデオロギー的な信念に基づいたものでもあります。刑法はセックスワークを罰したり、恥を押し付けたりするために使われてはならない、なぜならセックスワークは本質的に不道徳であるわけでも、恥辱であるわけでもないからだ、という考えです。それは真にフェミニスト的な考えとも言えます。「一度でもやったことがあるなら、わかると思います。いざとなったら、生き延びるために全てのことを。」元セックスワーカーで、今はブルックリンに住む法学生であるAnna Sainiは言います。「パワフルな考えです。」このような見方は、性産業を性の不平等の原因とみなしてきた伝統的な西洋のフェミニズムに対する根本的な挑戦です。

アクティヴィストたち自身も一枚岩ではありません。彼ら/彼女らは、それぞれ多様で時にぶつかりあうグループに所属しており、ソーシャルメディアやTits and Sassと呼ばれるブログ上などで互いの意図を図り合っています。非犯罪化を公に支持する女性の多くは白人です。有色の女性たちは、自分たちが語る場を見つけるのが難しいといいます。そして白人の女性に代弁されたくないとも。トランスの女性たちも同様の意見をもっています。「シスジェンダーの女性のストーリーを支えるために、私のストーリーを語らないで」と黒人でトランスジェンダーのMonica Jonesは私に警告しました。彼女はアリゾナ州立大学でソーシャルワークの学位をとるために必要な学費を稼ぐため、セックスワーカーとして恥じることなく仕事をしています。「一緒にいたいなら、ちゃんと払うか、あの指輪を買って」と彼女はパートナーに率直に言います。2年前、彼女はある男性と車でバーに行くことに同意し、売春の罪で有罪になりました。彼女のケースは、その夜、ビールを飲みに出かけただけだと主張する彼女が上訴し、結果勝訴して有名になりました。

非犯罪化の反対派の一部は、奴隷制を終わらせるため、そして平等のための闘いの過去を意図的に呼び起こすために、「廃止論者」(abolitionist)と自らを呼びます。「売春が合法なら、男性は女性の身体を罰を受ける事無く買うことができる。それは女性の極度の性化(sexualization)です」と人身売買反対運動を展開する女性の権利団体Equality Nowのエグゼクティブ・ディレクターであるYasmeen Hassanは言います。「女性は性的なモノになります。それがプロフェッショナルな女性の見られ方にとってどんな意味があるでしょうか?それに、もし女性が購入可能なセックストイだとすれば、それが結婚やそれ以外での、男女の関係に与えるインパクトを考えてみてください」

アメリカは世界でも最も全面的な売春を罰する法をもっており、年間55,000件以上の逮捕があり、その3分の2以上が女性に関わっています。有色の女性は、中でも逮捕のリスクが最も高くなっています。(NY市では、逮捕された人たちのうちの85%が有色の女性です。)他の職場での差別のために、セックスワークをすることも多いトランス女性もそうです。前科がつけば、他の職を探すことは一層難しくなります。5年前、ルイジアナでは、700名(その多くは有色の女性やトランス女性だった)が性犯罪者リストに載せられました。Deon HaywoodのグループであるWomen With a Visionが法廷闘争に勝利し、2013年にリストは取り下げられました。

「廃止論者」たちはこういった女性たちを犠牲者とみなすので、彼女たちの逮捕には反対しています。しかし、廃止論者は男性の顧客を、斡旋業者や人身売買業者とともに罰することで、道徳的に売春を非難する道具として刑法を使い続けたいと考えているのです。こういったアプローチはセックスワーカーたちをも法の網の目に巻き込むことになるにもかかわらず。

昨年の7月、廃止論者の団体Coalition Against Trafficking in Womenは、アムネスティは「一部の女性が男性に消費されるべく分離させられるジェンダーによるアパルトヘイトのシステム」を支持していると非難しました。400名の署名者の中には、Gloria SteinemやLena Dunham、Kate WinsletやMeryl Streepといった著名人の名がありました。ブルックリンのセックスワーカー・アクティヴィストのAnna Sainiは、最初、こういったセレブたちに裏切られたように感じましたが、今は勝利を収めたのだと考えています。「セレブたちは自分たちの名声や名前を使って私たちの認知を高め、アムネスティは今も正しいことをちゃんとやっています。」とSainiは言います。「それって超すごいことです。」HRWのLiesl Gerntholtzが言うように、闘いは「今日の女性運動において最も論争的で賛否が割れる問題」になっているのです。

 

 

 

性を売ることについて、アメリカのフェミニストたちの間で立場がわかれたのは1970年代のことでした。一方では、作家アンドレア・ドウォーキンや、法律家で法学研究者のキャサリン・マッキノンのようなラディカル・フェミニストたちがいました。彼女たちは初期の廃止論者で、ポルノグラフィーや性暴力とともに、売春は女性の抑圧の諸悪の根源であるとして非難しました。「私はあなた達の上にずっしりとのしかかる権力に対して抵抗の声をあげようとしてきました。あなたを黙らせるべく体系化された拳とペニス(が象徴する権力)です。」と、自身も19のときヨーロッパへ向かうお金がなく、短い間売春をしたドウォーキンは書いています。

他方に、「セックス・ポジティヴ」と自らを呼ぶフェミニストたちがおり、彼女たちはセックスワーカーは犠牲者ではなく、家父長制を転覆させる力を持っていると見ていました。1973年の母の日、元コールガールで当時35歳だったMargo St. Jamesが、Coyoteという団体を作りました。Coyoteは“Call Off Your Old Tired Ethics(あなたの古くて退屈な倫理にはもう飽き飽き)”の略です。Coyoteのゴールは、フェミニスト的行為として、売春を非犯罪化することでした。一番勢いのあった時期には、Coyoteは毎年、ドラァグクィーンやセレブリティが政治家や警察とともにパーティーするHooker’s Ballを開催しました。1978年には、2万人がサンフランシスコのCow Placeを埋めつくし、St,Jamesはそこに象に乗って登場しました。

1980年代までに、売春を批判するドウォーキンの議論は、「セックスワーク」という語を使用することを拒否したGloria Steinemの支持もあり、フェミニズムの主流になりました。St. Jamesとセックス・ポジティヴ・フェミニストは周縁に追いやられました。

1990年代以降、廃止論者たちは闘いの舞台をグローバルな人身取引、とりわけセックス・ワークへの人身取引に移しています。しかし、人身取引の犠牲者の多くは家事、農業、建設業などの労働力とさせられると見積もられています。廃止論者は強制的な売春と合意に基づく売春の間の法的な違いを、全てを人身取引によるものとすることで、なくしたいのです。1998年、廃止論者たちはビル・クリントン—そしてクリントン政権の女性についての評議会の議長であったヒラリー・クリントン—を説得し、国際的な犯罪についての条約や連邦の人身取引法において、廃止論者が提案する広範な定義を採用するよう働きかけました。これは、売春に対する罰則を広めると同時に厳しくするもので、セックスワークと人身取引について研究する社会学者のElizabeth Bernsteinはこのような戦略を「カーセラル・フェミニズム」(監獄のフェミニズム)と呼んでいます。廃止論者たちは「『正義』を追求するための主要な道具として、投獄・収監という戦略に依拠する」とBernsteinは2007年に書きました。廃止論者たちは、クリントン政権時代に全ての売春を人身取引と定義するという闘いには勝利しませんでした。「つらい時代でした」と、2006年のNational Review誌のインタビューに、廃止論者でロードアイランド大学の女性学の教授であるDonna Hughesは述べています。

ジョージ・W・ブッシュが2000年に当選したとき、Hughesと廃止論者たちは、福音主義者の共和党員も含めたグループを作り、新しい大統領に対してロビイングをしかけました。ブッシュ政権はInternational Justice Mission(IJM)といった海外で少女や女性たちを救うキリスト教団体に助成しました。IJMは地元の警察と協力し、カンボジア、タイ、インドなどの売春宿への強制捜査を行うのを助け、アメリカのテレビ局のカメラがその様子を撮影しました。アメリカからIJMへの寄付が殺到しました。

しかし、地元の人権団体、女性団体はこのような戦術を批判しました。2005年のWHOとGlobal Coalition on Women and AIDSの報告書によると、インドやインドネシアでの警察による強制捜査の後、女性たちは強制退去となったり、虐待する施設に交流されたり、警察とのセックスを強制されたりしました。その2年前、IJMがタイの売春宿に未成年者がいると報告した時、警察はそこに強制捜査をしかけ、そこで働いていた女性たちを児童養護施設へ閉じ込めました。彼女たちはベッドシーツをつかって2階の窓から逃げ出しました。

Françoise GirardがOpen Society Foundationの公衆衛生プログラムのディレクターだった2007年、彼女はIJMのリーダーGary Haugenとシニア・アドバイザーのHolly Burkhalterと会いました。「IJMは『一人でも少女を救うことができれば、価値がある』と語っていました」とGirardは振り返ります。Girardは現在、International Women’s Health Coalitionの代表です。「だから私は聞きました。『その後少女たちはどうなるのですか』と。彼女たちは答えられませんでした。」Burkhalterは、Girardからの質問は覚えていないといいます。地元の警察はタイでIJMが強制捜査に参加するのを許可していなかったので、「もし私たちがその場にいれば、もっと状況はましだったはずです」とBurkhalterは言い、現在IJMが強制捜査を手伝う場合、「一人ひとりの犠牲者にケースワーカーをつけています」と付け加えました。

ブッシュ政権は、売春のもたらす悪影響についての廃止論者の研究にも助成し、国務省のHPでそのような研究の成果に言及しました。廃止論者で女性学の教授であるHughesは、国務省から10万ドル以上の助成を受けた人身取引についての2005年の報告書で、ストリップクラブとラップ・ダンスを非難しました。ブッシュ政権から助成を受けた、心理学者のMelissa Farleyは、2000年、Women and Criminal Justiceという学術誌に、自分で売春をすることを選んだという女性たちはみな、病的に振舞っていると述べました。「支配とレイプを楽しむという素質をもっているのです。」非廃止論者の研究者たちは、Farleyは確固たる根拠なく、売春によりひどく傷を負ったという一部の経験を、普遍的な現実として提示していると批判しました。

フェミニストの廃止論者と福音主義者によるロビイングの成果の一部として、2003年、議会は、「売春の合法化や実践」を支持している場合、人身取引の犠牲者を支援する団体が連邦の助成金を受け取ることを禁止しました。同じ年、ブッシュ大統領はAIDSとの国際的な闘いに150億ドルを費やしましたが、その助成金の受け手は、反売春であると誓約書にサインしなくてはなりませんでした。こうして、AIDS予防と廃止論者が真っ向から対立することになったのです。ブラジルは、4000万ドルのアメリカの助成金を受け取ることを拒否しました。インド南部の売春街Sangliでコンドームを配布する公衆衛生と人権団体のSangramは、誓約書にサインすることを拒否し、2005年に助成金を返却しました。当時、UN AIDSはSangramをHIVと人権の領域で信頼の置ける団体としていました。「月に35万のコンドームを配布しています」とSangramのディレクターであるMeena Seshuは言います。彼女はソーシャルワークの修士号をもち、The Lancetに論文を出版し、Human Rights Watchから表象されています。「人々と一緒にやっていくのか、それとも道徳を与えるのか。選ばなくてはならなかったのです。」

オバマ政権は、レスキュー活動に携わる団体への助成を継続しています。2013年、最高裁は反売春の誓約を撤廃しました。言論の自由の権利の侵害になるという理由でした。しかし、これはアメリカの団体にのみ適応され、海外の団体には適応されないため、海外の団体は、セックスワーカーの権利運動を支持しているかぎり、AIDSとの闘いのための連邦の助成を受けることができません。

 

 

 

現在、アメリカにおけるセックスワークをめぐる論争は、国際的な法システムの選択をめぐる論争となりつつあります。廃止論者は、スウェーデンモデルを擁護します。1999年、フェミニストの要求に応じ、スウェーデン議会はSex Purchase Actを通過させ、セックスを買うことを犯罪としました。売春それ自体は罪にはならないものの、Sex Purchase Actは売春を「個人と社会にとって深刻な損害」とみなすという道徳的なトーンをもち、メディアはこの法律は「バルト諸国から買春客を一掃する」ことを目指すものだと宣伝しました。10年後、スウェーデンは、この法によって街娼は50%も減ったという成果を収めたと発表しています。この法律が通過する以前の街娼についての記録はありませんが、広く宣伝された「成果」は、男性を罰するシステムの主要な売り出しポイントとなりました。しかし、オンライン上での性の売買の広告は増加しており、研究者たちは市場が屋内にもぐっただけだと結論づけています。ノルウェーとアイスランドも、2009年にスウェーデンモデルを採用し、ここ2年の間にカナダと北アイルランドもその修正版を施行しました。

セックスワーカー活動家たちは、このモデルを拒否しています。「人々は、スウェーデン政府は、セックスワーカーに配慮し、ワーカーではなく、顧客を罰するのだと言いますが、それは間違いです」とスウェーデンのセックスワーカーで、Global Network of Sex Work Projectの代表のPye Jakobssonは言います。「この法律は、社会を守るというものであって、私たちは社会に対する脅威とみなされています。」男性の振る舞いを罰することは、ワーカーたちをより危険にさらすと指摘するワーカーたちもいます。「街に立って仕事をしていた女性たちは、顧客を連れて行くための安全な場所を持っていました。」とJakobssonは言います。「いまや、顧客はそういう場所に行くのを拒否します。警察のせいです。彼らはどこかもっと遠く、別の場所に行きたがります。そんな場所で、どうやって女性たちは安全を確保できますか?」12月、ブルガリア人のセックスワーカーが、オスロの港の人気のない駐車場で、惨殺されているのが発見されました。彼女の友人たち—友人たちもまた、スウェーデンやノルウェーでセックスを売る多くの女性たち同様、バルカン半島からの移民でした—は彼女の行方を探しました。しかし、彼女の死体を発見するまで警察には行きませんでした。

警察が、男がセックスを買ったのか調査するとき、「警察はそれを、女性の(移民としての地位についての)書類をチェックする理由として使うんです」とオスロ大学の犯罪学と社会学の教授であるMay-Len Skilbreiは言います。こういった調査が、強制捜査に繋がることがあり、セックスワーカーたちは子どもの養育権を失い、退去させられる可能性に直面するのです。「もし警察が、大家に、彼女はアパートで売春しているといえば、大家は彼女を退去させなければ、罰されてしまうのです」Skilbreiは言います。ノルウェー警察は、長期間にわたるオスロでの売春の取り締まりを「ホームレス作戦」と呼んでいます。

スウェーデン政府は、この法によって生じたワーカーたちにとっての問題は、抑止力として許容範囲のものだとし、2010年には、こういった負の影響は「法の目的が、売春を撲滅することだという視点から考えれば、ポジティヴに考えることができるものだ」と報告しています。フランスが4月にスウェーデンモデルを採用したとき、法案の提出者は、法の目的の一つは「メンタリティを変えること」と述べました。ソーシャルメディアでは、アメリカのセックスワーカーたちが、抗議デモをするフランスの姉妹たちに同情の声を寄せました。

スウェーデンモデルは、人々を街でのセックスワークに追いやる困難がより広範に広がっており、セーフティーネットが弱いアメリカには関係の薄いものかもしれません。この違いは重要だと、セントラル・ハーレムで活動し、毎年400名ほどの売春に巻き込まれた若い女性たちを救うGirls Educational and Mentoring Service(GEMS)の創設者でCEOのRachel Lloydは言います。Lloydは合法化に反対です。それが人身取引を増加させると考えているからです。彼女はストックホルムを2年前に訪れ、非常に多くの家族向けサービスがあるために、里親制度のもとにいる10代の若者が少なく、多くが国の助成を受けた大学へのアクセスがあるということは、アメリカとの重要な違いだと考えました。「アメリカではこうはなっていない」ため、スウェーデンモデルを採用する段階ではないと彼女は考えています。「アメリカにはそんな充実した社会的サービスがありません。」Lloydは、人身取引との闘いに費やされる多額の助成金のうち、10代の若者が里親制度を離れるためのハウジングなどのサービスに十分な額が使われていないといいます。GEMSのメンバーの70%が里親制度のもとにいます。「前に進もうとするなら、アパートが必要です。学校にも行かなくては行けません。」(スウェーデンでは、セックスを買った男性は逮捕されるよりも、収入に応じて変化する罰金を課されるということにも彼女は驚いたといいます。)

オーストラリアはスウェーデンモデルとはかなり異なる法モデルを採用しました。1999年、オーストラリアのニューサウスウェールズ州は売春を罰する法を撤廃し、成人が合意に基づきセックスを売り買いすることを自由にし、他のビジネス同様、売春宿の経営をすることを許可しました。(他のオーストラリアの州はそれぞれ異なる法をもっています。)4年後、ニュージーランドは完全な非犯罪化に踏み切りました。廃止論者は売春が飛躍的に増加することを予測しましたが、セックスワーカーの数に大きな変化はなく、ニュージーランドでは約6,000人、ニューサウスウェールズではそれと同等か少し多い程度です。ニューサウスウェールズの店で働くセックスワーカーたちは、他の職業の女性と同程度の憂鬱さやストレスレベルにあると報告されました。この割合は、街に立って仕事をするワーカーで、ドラッグユーザーである場合に高くなります。ニュージーランド政府はセックスワーカーが国境を超えて人身取引されている証拠は見つかっていないとしましたが、昨年11月、売春宿が組織犯罪や「性奴隷」と搾取と結びついているという報告を受け、ニューサウスウェールズ議会は売春宿を監視する警察の力を強めました。タイの女性が、バンコクで、美容師になる訓練を受けることができると言われてリクルートされた事例が報告されています。

数年前、シアトルのドミナトリックスで、アクティヴィストとして活動しているMistress Matisseはオーストラリアに3週間滞在し、うち1週間はそこで働いてみました。「どんな感じなのか見て見る必要がありました」と彼女は言います。シアトルでは、彼女はシアトルの週刊誌The Strangerに記事を書き、彼女の27,000人のフォロワーにセックスワークの実践と政治についてよくツイートをしています。

オーストラリアで、Matisseはシドニー(ニューサウスウェールズ州に位置する)のGolden Appleという小さな店(小さなバーと、6つのベッドルームがある)と、もう少し大きなGotham Cityというところで働きました。「Mistress Matisseとして振る舞うことをやめようと思いました。普通にサービスをする女の子になろうと。…それはもう何年もやってこなかったことですが」とMatisseは言います。彼女は一晩に3,4人の客の相手をし、ビーチに向かいました。

Matisseはオーストラリアでの経験と、数年前にネヴァダの店で働いた時の経験を比較しました。オーストラリアのほうがずっと良いと考えています。ネヴァダは売春を規制し、田舎に少数の売春宿があるのみで、厳しい法規制のもとにあります。「オーストラリアでは、毎晩家に帰って、タバコを吸って、デートして、普通の精神状態でいられます。ネヴァダでは、1週間、1日中、店にいなくてはなりませんでした。サマーキャンプと女子刑務所を足して2で割ったような感じです。」ネヴァダ州で、売春の多くは店の外、ラスヴェガスやリノで非合法に行われます。規制のもとの店より自由ですがリスクは高まります。

ドイツも似たような二重構造の市場をもっています。2002年に性の取引についての新しい法規制を導入してから、ドイツはセックスツーリズムの目的地となりつつあり、約40万人のセックスワーカーがいると見積もられています。地下で働く移民女性の中にはそそのかされて国境を渡った人たちがおり、スウェーデン同様、強制退去の脅威に直面しています。一方、店舗経営の許可を得るためのコストが上がったため、チェーンや大きな企業に有利に働き、たとえばケルンには12階建のネオンに飾られた店舗ができました。「奇妙なのは、店舗が工場のようになっていることです。」とオスロ大学の教授Skilbreiは言います。「店舗が女性を管理し、健康チェックなどを行います。」これはセックスワーカーたちが獲得しようと求めるモデルではありません。ワーカーの自律を損なうものだからです。

アムネスティはドイツの法律(そしてセックスワークは合法だが地方政府に規制を受けるオランダの法律)と、ニュージーランドやオーストラリアの法律を区別します。人権団体は、ニュージーランドやオーストラリアの法律は、「セックスワーカーが自立して仕事ができるよう、ワーカーがコントロール権を握り、情報を共有したり、労働環境をコントロールするために自分たちを組織化することができる」と評価します。心理学者で廃止論者のMelissa Farleyはこういったモデルを拒絶します。「国家が売春斡旋業者として機能し、税を集めています。これは血に濡れた金だと思います」と昨年12月、メールで書きました。政府によるものとしては最新の、2008年に行われた770名のセックスワーカーに対するニュージーランド政府の調査では、多くのワーカーたちが、暴力を受けたとしても警察には通報しないだろうと答えています。政府はこれをセックスワークへのスティグマのためだろうと分析しています。Farleyはこれを証拠として「売春が存在するところでは、常に良くないことが起こる。売春の法的地位は関係がない」と言います。

アムネスティにとっては、これらの教訓は、非犯罪化はスイッチのように全てをすぐさま切り替えるものではないということです。人々の態度が変わるまでには時間がかかります。そのような変化が起こっている兆候もあります。2008年のニュージーランドの調査では、40%のセックスワーカーたちが、仲間意識や帰属感を感じるとも答えています。ワーカーの間の関係が、スティグマへの解毒剤となりうるということを示しています。New Zealand Prostitutes’ Collectiveで街でアウトリーチ活動をしているAnnah Pickeringは、他の場所では考えられないような警察との関係の最近の変化をこう表現します。「以前は、警察に助けを求めても警察は無視しましたが、いまはワーカーの意見を真剣に聞いています」とPickeringは言います。彼女はサウスオークランドで昨年発生した事件についても教えてくれました。「ある顧客がストリートワーカーと交渉し、彼女は仕事をしたけれど、客が支払いを拒んだのです。彼女は警官を呼び、その警官は客に支払いをするよう言い、彼をATMに連れて行ってお金をおろさせました。」

 

 

60年前、Gloria Steinemがスミス・カレッジを卒業した後、彼女は奨学金を受けてインドで2年間過ごし、村の土地改革を観察しました。2014年にインドに戻り、彼女は売春は「商業化されたレイプ」だと言って話題になりました。最近まで、インドのフェミニストたちはSteinemの見方を共有していましたが、その多くが徐々に考えを改めつつあります。2014年、インドのNational Commission on Womenの議長であるLalitha Kumaramangalamは、非犯罪化を支持すると立場を表明し、非犯罪化はワーカーを暴力から守り、ヘルスケアを改善するだろうと述べました。彼女の発言に対するインドでの反応は様々でした。しかし、Steinemのようなアメリカ人の意見を拒否し、セックスワークをざっくりと非難することやレスキューの戦術を考えなおしている怒れるフェミニストたちもいます。「どうしてあなた(Steinem)はインドのセックスワーカーを救うことばかりに関心をもち、より広い女性運動とつながろうとしないのですか」とニューデリーで人権団体を運営するGeeta Misraは問いました。彼女はフェミニストのリーダーシップを築き、性と再生産の自由の拡大するために活動しています。

インドでの議論は、主にインドのセックスワーカーの団体(世界でもその規模は最大のもので、アメリカとは比較にならないほど、社会政治的な力をもつ)の役割によって、大きく変化しつつあります。1990年代初頭に創設され、こういった団体は最初、HIVの感染スピードを遅らせるための対策に長けていることを示した。Melinda Gatesは2004年、コルカタの赤線地域Sonagachiに向かい、Seattle TimesにGitaというセックスワーカーとその仲間について書いています。Gitaたちは、「この地域でのコンドーム使用率を0から70%まで上昇させ、HIV感染率を7%まで減少させ」「他の地域と比べても、セックスワーカーの感染率は格段に低い」と。Gatesは、彼女の夫ビル・ゲイツとともに作ったビル&メリンダ・ゲイツ財団から、インドでのHIVとの闘いに2億ドルを投じると発表し、その後その額は3億3800万ドルまで上昇しました。

Sonagachiのセックスワーカーの団体、Durbar Mahila Samanwaya Committee(DMSC, 止まらない女性の委員会)は、いまや65,000人のメンバーを抱え、しばしば差別に直面するセックスワーカーの子どもたちのための学校を経営し、セックスワーカーたちが口座をひらくことのできる銀行を設立しました。Sangliの田舎では、Veshya Anyay Mukti Parishad (VAMP, 不正義と闘うセックスワーカーたち)というSangramから派生した公衆衛生団体に、6000人のメンバーが集まっています。