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feminism matters

英語(とたまに韓国語)のクィア・フェミニズム系記事の翻訳の貯蔵庫。

白人性への哀悼

Mourning for Whiteness

白人性への哀悼

 

2016/11/21

Toni Morrison

 

原文はこちら。http://www.newyorker.com/magazine/2016/11/21/aftermath-sixteen-writers-on-trumps-america#morrison

 

これは真剣なプロジェクトです。アメリカにやってきた移民たちは皆、本物の、真の意味でのアメリカ人になるためには、母国への忠誠を断ち、それを二次的なものとすることで、白人性を強調しなければならないということを知っています(そして、知っていました)。ヨーロッパのどの国とも異なり、アメリカでは白人性が国をまとめる力なのです。ここアメリカでは、多くの人にとって、「アメリカ性」を定義するのはカラーなのです。

 

 

奴隷法のもとでは、カラーによるランクは自明でしたが、今日のアメリカ、つまり公民権運動後のアメリカでは、生まれつき白人のほうが優れているという確信を持つことはできなくなっています。あらゆるところに「有色の人々」がおり、長い間通用してきたアメリカの定義を消そうとしているのです。次は?また黒人の大統領?黒人議員が上院を支配する?最高裁判事のうち3人が黒人になる?恐ろしい脅威です。

 

このような受け入れがたい変化が生じる可能性を減らすため、また、白人性を国民的アイデンティティの印という以前の地位に復権させるために、多くの白人のアメリカ人たちは自らを犠牲にしています。明らかに自分たちがやりたいことではないことをし、そうすることで、(1)人間の尊厳の感覚を投げ捨て、(2)臆病さを晒しています。自分たちの振る舞いを嫌悪し、自分の臆病さを認識しつつ、彼らは進んで日曜学校に通う小さな子供たちを殺し[訳注:1963年9月のバーミンガムの教会爆破事件のことだと思われる]、ある白人の男の子を招いた教会の人たちを殺戮[2015年にサウスカロライナ州チャールストンで、Dylann Roofが起こした黒人教会銃撃事件のことと思われる。]しました。あからさまに臆病さを見せることを恥じながら、教会を放火、しかも人が祈りを捧げているときに火をつけようとさえします。そして、そんな弱さを見せることを恥じつつ、通りを歩く黒人の子供を撃ち殺そうとします。

 

白人の優越性を生き延びさせるため、白人のアメリカ人たちは非武装の、無辜の、恐れ、無防備に背中を向けて逃げ出す人々に銃を向けながら、自分たちの顔を先の尖った形の帽子[訳注: KKKの帽子と思われる]と星条旗で隠し、対面で向かい合う品位を否定します。背中を向けて逃げ出す対象を銃で撃つなんて、白人は強いという前提を損なうのではないですか?成人した白人男性のなんと悲しいありさま。(より優れた)自分自身の影にしゃがみこみ、無実の人の車を止めて殺し、黒人女性の顔を泥につけ、黒人の子どもに手錠をかける。怯えきった人たちのすることでしょう。違いますか?

 

タフである、ということになっている、黒人男性と女性を恐れるあまり人間性を捨て去ることも躊躇しない、白人男性が払うこういった犠牲は、地位を失うことへの恐怖の深さを示しています。

 

白人の権力と優越の名のもと、これらの奇妙な犠牲を払う男性たちに同情することは難しいでしょう。白人(とりわけ白人男性)にとって、個人の品格を下げることは容易ではないでしょうが、他者よりも—とりわけ黒人よりも—自分たちが優れているという確信を維持するためならば、彼らは軽蔑されることも、成熟し、洗練された、より強い人々に罵られることさえ厭いません。これほど浅はかで痛々しくなければ、悪の大義のために消えた尊厳を悼んでいるところです。

 

「生まれつき優れている」存在であるという居心地の良さや、失礼でない待遇を要求したりそれを得るために努力しないでも良いということは、手放すには惜しいものです。デパートで買い物している時にジロジロ見られず、高級レストランで好ましい客として扱われると自信を持てること。彼らは白人性に付随するこういった社会的な歪みを貪欲に享受しているのです。

 

白人の特権がなくなることを恐れるあまり、多くのアメリカ人たちは、無防備な人々に対する暴力を支持し、それを強さだと言い換える政策のもとに集まりました。この人達は怒っているというより恐れており、足が震えるような恐怖を感じています。

 

選挙当日、多くの白人の有権者たち—高等教育を受けた人もそうでない人も—があんなにも熱心に、ドナルド・トランプによって撒き散らされた恥と恐れを、両手を広げて受け入れました。黒人にアパートを貸さなかったことを理由に、司法省から訴えを起こされている会社を持っている候補。バラク・オバマはアメリカ生まれなのかといちゃもんをつけ、選挙集会中にBlack Lives Matterの抗議者たちが殴られても見ないふりをした候補。自分が所有するカジノに黒人労働者を立ち入らせないようにしてきた候補。David Duke[白人至上主義者、反ユダヤ主義陰謀論者、ホロコースト否定論者、元KKKのトップ、元議員etc]の寵愛を受け、KKKの推薦を受けた候補。

 

ウィリアム・フォークナーはアメリカのどの作家よりもこれをよく理解していました。「アブサロム、アブサロム!」の中の南部の上流階級家庭にとって、家族の血筋を汚す黒人の血が交じることに比べれば、近親相姦はタブーではありませんでした。家族は「白人性」(再び)を失うことよりも、殺人を選んだのです。