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「簡単にヤラせる女の子にならないで」――いかに娘を叩くことが早熟さにつながるか

“Don’t Be a Fast Girl” — How Hitting Your Daughter Can Trigger Early Puberty

「簡単にヤラせる女の子にならないで」——いかに娘を叩くことが早熟さにつながるか

 

2017/4/3

Dr. Stacey Patton

原文はこちらhttp://muthamagazine.com/2017/04/dont-be-a-fast-girl-how-hitting-your-daughter-can-trigger-early-puberty/

 

「子どもを甘やかせ」という本を書きました。児童虐待のサバイバーで、元里親制度で育てられた子として、黒人のコミュニティの中での体罰についての文化的な考え方を変えたかったのです。多くの黒人が子どもを叩くのは、国家的な警察暴力や、ドラッグや刑務所への収容、早期の妊娠や性的虐待から彼らを守るために必要だと考えていますが、子どもを叩くことは、実際には、両親や子どもの世話をする人たちが、防ごうと思っている望ましくない事態や危険へ、子どもたちをより近づけることになるのです。

 黒人の両親たちが求めていることは、年若い自分たちの子どもが、自分たちの成長のペースに合わせて、性について理解できるようにすることです。これはとくに女の子の場合そうです。若い女の子の純潔さが、家族の価値を反映するとされているからです。多くの家庭に、何が許容されるかについてのしっかりしたルールがあります。ある年齢になるまでお化粧は禁止。ある年齢になるまでデートは禁止。ミニスカートや体の線の出るシャツは禁止。簡単にヤラせる女にならないで。トラブルを避けて。何をしても、とにかく妊娠はしないで。

こういったルールはどんな民族的、階級的な背景の集団にも見られます。しかし、黒人の両親は、こういったルールについてより厳しいということもできるでしょう。なぜなら、このルールを守らなかった場合の帰結があまりにも明確だからです。こういったルールを破った女の子たちの話は、失われた機会や間違った選択、両親を無視したこと、足をぴったり閉じておくことの重要性についての教訓話になります。言うまでもなく、簡単にヤラせる黒人の女の子は、性欲過剰という黒人女性の性についての偏見を追認してしまうことになってしまうのです。

やってはいけないことリストに加え、性というのは一般的に家庭や教会、より広く黒人コミュニティの中での上品な会話のトピックにはなりません。あまりにも多くのタブーや人種的偏見、女性への偏見が含まれるからです。何より、何世代にも渡るトラウマーー奴隷制時代のレイプや強制的な妊娠・出産、白人の医療専門家による強制的な断種、女性嫌悪、大衆文化の中での性的客体化などーーが、いかに若い黒人の女の子が両親やその他の年長者に育てられるかに深く影響しています。

黒人の両親は、性と困難や苦境の間に相関関係を見ています。どちらも、子どもにあえて経験してほしいものではないのです。宗教がここで重要な役割を果たします。宗教的に熱心な両親は、性的な行為について少しでも垣間見えると否定的な反応を示します。性についての重要な会話はより難しくなってしまいます。

女の子の純潔を守ることが致命的に重要とされる宗教と男性支配的な私たちの社会の構造のもとに、若い黒人の子どもたちをコントロールしなければならないと両親たちを急かす「世間体」の政治があります。そのコントロールを確実なものにするために、そして彼女たちの無垢さを維持するために、私たちは女の子たちを叩くのです。私たちの子どもを「子どもらしく」とどめておくことで、私たちは、子どもたちを黒人に向けられる偏見や警察暴力から守っているような気分になっているのです。私たちの文化の中に、良い子を育てるには、力を使って体を管理する必要があるという考えがあります。しかし、子どもを叩くことの生化学的な帰結についての数十年にわたる科学的調査の結果、子どもを叩くことは、女の子の思春期や性的な成熟を早めてしまうと明らかになっています。

50年もの間、科学者たちは子どもの経験(どのように育てられるかを含む)がいかに成長途上の脳の構造や社会的・感情的機能に影響を及ぼすかを研究してきました。妊娠中の飲酒やタバコが有害であるということが明らかになりました。母乳が児童の精神的発達に良いということも。栄養のとれた食事が、児童の認知の発達の鍵であるということもわかるようになりました。いまや、小児科医や生物医学の研究者たちは、子どもを叩くことの脳への影響を真剣に分析するべきことのリストに加えています。

叩かれることに伴う痛みやストレスは、いわゆる視床下部-下垂体-副腎系(HPA axis)に影響を与える可能性があります。視床下部-下垂体-副腎系は、神経内分泌システムの重要なパートである神経とホルモンの経路の束で、ストレスへの反応をコントロールしたり、消化や免疫、気分、感情、性などの身体的なプロセスを管理しています。幼児期に軽度のストレスのみに晒されることは、HPAの機能を促進し、若者が一生もののストレス耐性を養うのを助けますが、度重なるストレスはHPAを超過敏にしてしまう可能性があります。だから、両親が子どもの失態を正そうとして子どもを叩く時、両親が理解できていないのは、その痛みが生じさせたその場での生化学的反応や、それが感情的、生理学的なダメージを引き起こす可能性です。ジャンクフードをずっと食べさせられた子どもが、最終的に肥満や糖尿病になってしまうことと似ています。

つまり、身体はそれらを記録していくのです。

ハーヴァードのメディカル・スクールの科学者たちは、虐待を受けた(感情的・身体的・性的虐待、ネグレクトなど)子どもと、そうではない子どものニューロイメージを比較したり、女性たちを幼児期から成年期までの成長を追い、幼児期のストレスが感情的・生理学的な健康に与える影響を調べたりしてきました。虐待には、貧困や、コミュニティからの暴力、両親からの虐待やネグレクト、厳しすぎるしつけなども含まれます。この研究は、脅されたり両親に殴られるなど、子どもが恐ろしさや不安を感じると分泌されるストレスホルモンのコルチゾールに注目しています。コルチゾールは下垂体から分泌され、脅かされているという感情へ、闘うか逃げるかの反応を誘発します。

叩かれた子どもには、逃げるという選択肢も闘うという選択肢もありません。自分たちの体を支えたり、避けたり、守ったりすることなく、服従するしかありません。これが、その場の痛みやストレスへ対処するためのコルチゾールの分泌を引き起こします。短期間コルチゾールのレベルが高くなっても害はありませんが、この恐れへの反応が繰り返し経験されると、若い脳を傷つける可能性があります。研究者たちは、コルチゾールの上昇が繰り返されると、子どもたちは恐れに鈍感になり、危険や痛みを経験しやすくなったり、普通ではない振る舞いも普通なものとして受け入れるようになるといいます。子どもの頃に叩かれたときのトラウマやその頃感じた恐れをすっかり忘れ、しかし、叩かれたことは自分たちに良かったと言い出す大人の多さを考えてみてください。彼らは、自分たちに向けられた暴力を正当化する考えに、自分たちも固執しているのです。

「コルチゾールの反応は、散発的に生じるのであれば良いことで役に立ちます。問題は、子どもたちが慢性的な暴力、敵意、脅迫、恐れ、殴られることなどに晒され、コルチゾールがあまりに多くなると、それは有害になり、脳と身体的な健康の心理的な機能を低下させるということです」と、カリフォルニア州大学デイヴィス校の人間発達学部教授で、児童の発達と家族研究の分野の専門家のジェイ・ベルスキーは言う。

ベルスキーはこうも言う。「コルチゾールの分泌が慢性的になると、体はストレスへ反応する力を失います。子どもを叩くと痛みを与えるだけでなく、恐れを与えるのです。両親は叩くことで恐怖をもたらします。『ちゃんということを聞いて欲しいだけ』と両親はいいますが、叩くことで生じた恐れは、その場だけでなく、その後もあとを引くのです。不安、心配、警戒心を生み出します。…両親に見えていないのは、叩くことで、子どもが将来、そういった事態に対処する力を残っているということです。本当に、自分で困難な状況に対処しなくてはならなくなったときに。」

「子どもを叩くこと、怯えさせること、慢性的な敵意に晒すこと、そしてそれが生み出す恐れは、身体の観点からすると、曖昧な、もしくはあからさまな人種差別を経験するのに非常によく似た生物学的影響があります。身体はその違いを区別しません。」とベルスキーは言う。言い換えれば、子どもの身体は、黒人の大人が白人人種主義の事件を経験するのと同じように、両親から叩かれるということを経験するのです。連鎖反応が置きます。呼吸が上がり、心拍数が早くなり、筋肉が縮み上がる。そして、闘うか、逃げるか、攻撃に耐えながら身を守るかするのです。

ウィスコンシン大学の児童感情研究ラボの人類学者であるレズリー・セルツァーと彼女のチームは、いかにストレスフルな両親と児童の接触は、児童の身体にストレスホルモン過剰をもたらすかを研究してきました。

セルツァーは、マディソン在住の、殴打ではないが深刻な虐待を経験したことのある、人種的背景の異なる女の子たちの経験について研究しています。思春期の女の子たちをストレスフルな状況におき、唾液と尿のサンプルを摂取したラボでの実験では、驚くべきことに、厳しい体罰やしつけを経験してきた少女たちは、期待されているはずのコルチゾールの分泌が起きませんでした。その代わり、そのような女の子たちは、人の間の感情的な結びつきを生じさせ、体に備わっているストレスへの対抗機能であるオキシトシン(「慰め」とか「愛」のホルモンとして知られています)が非常に高いレベルで検出されました。

ストレスフルな状況に置かれると、厳しい体罰やしつけを受けてきた女の子たちは、彼女たちの基準値(その値は、すでにそのようなしつけを受けて来なかった女の子たちよりも3倍多い)よりも3倍以上にオキシトシンのレベルを上昇させたということを、セルツァーたちは発見しました。オキシトシンは協力なホルモンで、愛や信頼、安心、執着、慰め、保護など暖かい感情を経験した時に血流に分泌されます。ハグやキスをしたり、セックスをしたり、出産したり、授乳するときなどに、オキシトシンのレベルは上昇します。性的快楽に結びつくホルモンの上昇は、両親や保護者に叩かれたり脅されたりした女の子に生じる反応としてなかなか予想しにくいものです。

「正確に言えば、子どもを叩くとオキシトシンが出ると言っているわけではありません」とセルツァーは説明した。「虐待を受けた子どもは、ラボで適用されたそれぞれべつのストレス要因に対し、オキシトシンの反応を示しました。そこに、ストレスに対してコルチゾールを分泌する、虐待を受けていなかった女の子たちとの大きな違いがあります。…両親による虐待という形で繰り返しストレスに晒された女の子たちは、他の人と関係を持とうとするよう動機づけられるのだろうと予想しています。オキシトシンは、個人に社交を求めるようにさせるもので、性的振る舞いの管理も担っているということは知られています。」

つまり、あなたの娘を叩いたり脅したりすると、感情や記憶、性的興奮を司る彼女の脳の一部が活性化され、危険に対する警戒心が上がり、反応しようとします。脳の扁桃体が、危険が近づいているというメッセージを受け取り、オキシトシンを分泌する感情的反応を生み出します。時間を賭けて、彼女の脳は発達し、殴られる経験をし続けると、ホルモンの変化は恒常的に脳の作りを変えていきます。さらに、いつも脅威を予期している彼女の神経システムは、常に緊張状態にあることになります。

これが、体罰をしつけの方法とする保護者によって育てられる少女に起こる生化学的な反応です。その帰結は驚くべきものです。

高いレベルのオキシトシンは、早熟をもたらしたり、危険な性的振る舞いをする決断へのためらいを取り除く可能性があります。脅されていることや叩かれることのストレスは、実際に彼女の脳にダメージを生じさせるのです。こういった女の子たちは性的なことについての考えで気が散ったり、ポルノグラフィーをより多く消費したり、より頻繁に自慰をしたりするということもわかっています。性についての考えと生活を切り分けて考えたり、衝動をコントロールしたり、両親が避けて欲しいと願っているまさにその誘惑から距離をとることを、難しいと感じているかもしれません。

はっきり言っておきましょう。ここで挙げられているような行動はどれもそれ自体「悪いこと」ではありません。しかし、少女たちの生活の乱れと見えるものに、両親が対処しようとする段階になって、両親は、子どもを叩いたり、大声を上げたり、脅したりすることで、自分たちがその種を撒いてきたかもしれないということに気が付かないのです。もし両親が、家族の名誉と結びついた娘の純潔のために娘を殴るとするなら、それがいかに逆効果であるかということを知るべきです。簡単に言えば、脅されたり殴られたりする状況にずっといた女の子は、安全でない性的振る舞いをしたり、10代のうちに妊娠したり、その後の人生でも攻撃的で暴力的なパートナーを選ぶ可能性が高まるのです。

「人間の歴史において、虐待を受けた、早熟な女の子たちは、そうでない女の子よりも多くの子をもつ傾向にあります。これは人種に関係ありません。」セルツァーはいう。「困難で、予期できない環境で育つと、妊娠と出産が早まる場合があります。これは進化論的な議論です。自分の周りの環境に危険があり、やってこないかもしれない明日を待つよりも、いま子どもを残すほうがいいわけです。」

セルツァーは、ベルスキーが展開した議論を引き継ぎ、幼児期に敵意にさらされることと再生産の関係を進化論の観点から論じているといえる。ベルスキーがいうように、「殴打などを含む、様々な形での家庭内の不和が、少女の身体的成熟を早めるという証拠があります。彼女たちは、早く思春期を迎えるのです。早く思春期を迎えた少女たちは、他よりも早くセックスを経験することになります。家庭の中でストレスや恐れに満ちた雰囲気をつくれば、それが子どもの身体に、彼ら彼女らの将来は心許ないものというメッセージを送ることになるのです。」彼は続ける。「子どもたちの身体は、『私は妊娠と出産の適齢期まで生きられないかもしれない。だから、死ぬ前に子どもを作ることができるように、急いで、早く成熟しないといけない』というメッセージを受け取るのです。生物は遺伝子を次世代に残す、再生産するという根本的な目標を持っています。それが脅かされていると感じると、少女たちは早く成熟しようとするのです。植物にも見られます。動物にも。人間にも。」

早く子どもを残そうとする衝動は、子どもの脳で意識的に生じるわけではありません。「この生物学的なプロセスは意識には登りません。身体が、そのリスクを感じるのです。」ベルスキーは言う。こうして、両親が娘を殴る時、「あなた自身の振る舞いこそが、あなたが忌み嫌っている娘の振る舞いの要因の一つとなっているかもしれないのです。殴ることで、子どもたちは敵意を向けられていると感じます。その敵意が、子どもに『あなたは私のことを気にかけていない。あなたの行動は、私の体にそのことを伝えている』というメッセージを送るのです。

「そのこと」とは、もちろん、しつけの名のもとに娘を殴る両親は考えてもいないことでしょう。でも、メッセージは明らかです。

セルツァーは、「自分の行動が、愛する誰かを傷つけているということを認める」必要が有るといいます。「正直、全ての体罰が、その後もずっと残る悪影響を子どもにもたらすと言い切れるかどうかはわかりません。頻度が少なく、深刻でないならば、そういった体罰も、長期的に見れば影響は少ないという可能性もあります。でも、文化的に許容されているとしても、体罰が少女たちの早熟さや性的振る舞いにつながるとしたら、自分の娘に対してそんなリスクをとってでも、体罰が必要ですか?」

皮肉なことは、多くの両親は子どもたちが「悪い子」にならないよう、そのような振る舞いをしないようにと考えて子どもを殴るということです。どんな子どもたちも適切な振る舞いについての教訓を知る必要はありますが、子どもの身体的・精神的なハードドライブを組み替えてしまうような体罰は、子どもたちの体が健全に機能する能力を損ないます。そして、自分の娘の健全な精神的、感情的、性的発達を心配する両親は、叩くことは少女たちの健全な成長のため、ふさわしい人生の段階を迎えた時の幸せな関係のための、最善の方法ではないというこの科学的な証拠について考えるべきです。

黒人男性は「不良」であるというステレオタイプは嘘だと証明し、息子たちを警察、法廷、犯罪まみれの人生から守ろうとする黒人の両親の決意同様、娘たちが不名誉なステレオタイプにあてはまるような性的振る舞いをしないように育てようという決意もまた、長期的な帰結があり、感情的、物理的、身体的な傷を残します。身体的・性的虐待を愛だと言ったり、私たちの身体やセクシュアリティは、厳しい規律と罰則が必要な恥や病理であるとして、黒人の少女や女性に対する暴力を見て見ぬふりをする文化を補強することになってしまうのです。

 

Excerpted from Spare the Kids: Why Whupping Children Won’t Save Black America by Stacey Patton (Beacon Press, 2017). Reprinted with permission from Beacon Press.

Dr. Stacey Patton is an award-winning journalist, author, and child advocate. Her writing on issues surrounding higher education, child welfare, and race has appeared in the Washington PostAl JazeeraBBC News, and The Root. She is also the author of That Mean Old Yesterday and the creator of the anti–corporal punishment organization Spare the Kids.