feminism matters

英語(とたまに韓国語)のクィア・フェミニズム系記事の翻訳の貯蔵庫。

職場で黒人女性が「女の子」と呼ばれることについて

Black Women On Being Called 'Girl' In The Workplace

職場で黒人女性が「女の子」と呼ばれることについて

 

2017/5/15

Nadege Green

 

原文はこちら。 http://wlrn.org/post/black-women-being-called-girl-workplace

 

フロリダ州上院議員のFrank Artilesは、同じく議員であるAudrey Gibsonに対し、nワードを使った上で、彼女を「ビッチ」と呼んだことをマイアミ・ヘラルド誌に暴露され、辞任しました。彼は、黒人女性であるGibsonのことを「女の子」とも行っていました。彼は自分の言葉と物言いについて謝罪しました。

 

「Frank Artilesの一件についての報道を見ると、『女の子』という言葉はあまり人の関心を引いていないように思います」と、マイアミのジェンダーと社会正義のために活動しているLutze Seguは言う。「誰が『女の子』という言葉を使うか。その問題についての歴史的な文脈が理解されていないようです。」

 

職場で女性はしばしば性差別的な言葉を浴びせられる。黒人女性にとって、ジェンダーと人種の差別は重なり合い、たとえば「女の子」と呼ばれるといった経験として、一つのものとして経験される。奴隷制の時代から人種隔離の時代にかけて、黒人の成人男性は「男の子」、黒人の成人女性は「女の子」と呼ばれてきた。これは、黒人は常に未熟で、成人になっても、相応の扱いを受けるには値しないということを刷り込むための言葉遣いだ。

 

マイアミ・ガーデンズ市の法務官であるLoreal Arscottは「黒人男性が『男の子、なんていうのは白人の人種差別的な言葉だ』と言うのを聞いたことはあるでしょう。女性については、それが十分に言われていないようです。」と語る。Arscottは、自分のキャリアにおいて、プロフェッショナルとして振る舞っている場で何度も「女の子」「かわいこちゃん」などと呼ばれた経験があるという。ときには、彼女は訂正する。「Arscottさん、です。」しかし、彼女は毎回同じように闘わないといけないことに疲れて、そのまま流すこともあるという。

 

大学のメディア・リレーションとコミュニケーション部門に勤めるRobyn Hankersonは、ミーテジングに参加してメモを取っている時、年長の白人男性の同僚に「そこの女の子、ちゃんとわかってる?」と聞かれたという。「一瞬凍りついて、言いました。『失礼ですが、私は女の子ではありません。』と。」Hankersonは語る。「その場で、私のジェンダーはまったく、これっぽっちも関係がなかったからです。」

 

Hankersonによれば、そういう言葉づかいをするのは男性に限らない。「女の子」と言う言葉を使うほうがおしゃれだったり、褒め言葉でさえあると思っている人がいる。たとえば、Hankersonは、黒人ではない同僚が、彼女の服装を褒めようとして、「君(girl)、今日の服、すっごくいいね!」と言った次の瞬間に、黒人ではない人に対しては「今日のドレス、とても似合っていますよ」と言うとか。Hankersonは、黒人女性である彼女に近づこうとして、黒人女性たちが自分たちの間で、個人的な場で使っているだろう言葉を、誇張して真似する態度を取る人をよく見るという。「そういうのは、差別的だと思います。」Hankersonは言う。「相手には差別の意図はおそらくないのだと自分に言い聞かせないといけなくなります。」

 

ミシガン州立大学の心理学の教授であるNiCole Buchananは、職場において黒人であると同時に女性であることの経験について研究している。Buchananは、こういった経験はマイクロアグレッション(些細ではあるが差別的な行動)だと言えるという。「マイクロアグレッションは、それを行う人が無意識のうちに持っているバイアスを反映しています。」そして、差別をする意図がなかったとしても、それが有害ではないということにはならないと付け加える。「マイクロアグレッションに直面した時、それを受けた人は、相手には悪意はなかっただろうと自分に言い聞かせることで、気を落ち着けようとします。それは、マイクロアグレッションにどう対応しなければならないか考える側にとって、非常に大きな心理的なコストです。」

 

数ヶ月前、Seguはマイアミでファンドレイジングのイベントに参加した。彼女はその場で唯一の黒人だった。食事の列に並んでいると、ある男性が彼女の方を振り向いて言ったという。「そこの君(girl)、はやく食べよう!」Seguは言う。「その場にたった一人の黒人という立場で、女の子扱いされ、しかもたぶん彼はビヨンセの歌詞を意識してたんだろうなと思うと…。たった一度のやりとりの中にあまりに多くのことが起こって、手におえません。」多様性と包摂について人を訓練したり、ワークショップを主催したりしているSeguのような人にとっても、その瞬間にどう応答するかというのは難しい問題だ。「凍りついてしまうでしょう。あなたの言葉に問題があるというのを、どこから説明すればいいのか?考えるのもいやになることです。」

 

ボカラトン市で不動産と信託プラニングを専門とする法律家のJorja Williamsは、職場でもっと議論されるべき問題があるという。「私は、人種主義と性差別の重なりによって苦しんできました。私の担当地域では、私はまだ経験が浅く、黒人で女性であり、性差別と人種主義の間の境界は曖昧になります。」Williamsはサウスパームビーチのバーアソシエーションの多様性と包摂についての委員会に参加し、職場でマイクロアグレッションが繰り返しなされると、その人の生産性に影響し、最終的には職場を離れるという選択をすることに繋がると語った。「人種とジェンダーは、話しにくい話題かもしれません。」それでも、そのような話題について議論することは必要だと、Williamsは言う。

 

人種とジェンダーについての議論をするのを助けてほしいと呼ばれることの多いSeguも、たとえば職場で「女の子」扱いされることの意味を解きほぐすなど、深く、丁寧なアプローチをすることは難しいことかもしれないと語る。「たった3-4時間のトレーニングで、人種主義を消し去ってほしいと依頼してくるような人たちに対する多様性と包摂のためのトレーニングで、どうその話題を持ち出せるでしょうか。」Seguは、職場で「女の子」と呼ばれたことのある黒人女性たちは、バランスをとることを迫られるという。「これは精神衛生の問題でもあります。一日中、あらゆるマイクロアグレッションやあからさまな差別を全て指摘するというのは不可能です。私だって、ちゃんと家に帰れるだけの力を残しておきたい。全てに応対していたら、帰る頃には玄関までたどり着けないような状態になってしまいます。」