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「君、可愛いね」のスリルと怖さ

The Thrill and Fear of ‘Hey, Beautiful’

「君、可愛いね」のスリルと怖さ

 

 

原文はこちら。https://www.nytimes.com/2017/06/30/opinion/trans-sexual-assault-black-women.html?smid=tw-share

 

Jamal Lewis

2017/6/30

 

 

毎朝、私が住んでいるブルックリンのBedford-Stuyvessant地区を歩いていると、私の体に興味を持った男性たちが声をかけようとしてきます。

 

「お姉さん、本当にきれいだね。少し話さない?」「うわー、いい尻してるね。名前は?電話番号教えて?」

 

失礼にならないように笑ってそのまま通り過ぎます。大抵、私の後ろをついてくる足音が聞こえます。褒められて嬉しいような、恐ろしいような。私の美しさが肯定されるのは良いけれど、その人が近づいてきた時何が起こるのかわかりません。

 

 

男性からセクハラを受ける、性的暴行を受けることを恐れている女性は多くいます。私は、その男性が、私がトランスであることを認識したら何が起こるのかも心配しなくてはなりません。2016年は、トランスの人たちにとって最悪の年でした。少なくとも27人が殺されました。トランスとして、もしくはジェンダーの基準から外れた身体をもって楽しく生きていくことは、危険や、死とさえ隣り合わせであるように見えます。

 

数ヶ月前のある朝、ある男性が私に言いました。「どこ行くの?きれいなお嬢さん。急ぎ?」彼が私に近づいてきて、私の心臓は飛び跳ねました。なんとか目を合わせるのを避けようとしました。

 

「はい、仕事に遅れそうなので」と答えました。私が答えるのを聞いて、彼の興味は私の体ではなく、声に向かいました。

 

「あー、忘れて。男じゃん。女だと思ったのに。じゃあね」

 

私は苛立ちと安心感でため息を付き、歩き続けました。でも、まだ体はこわばっていました。だから、後ろを振り返って、彼が後ろに着いてきていないか見ました。着いてきていませんでした。ただ静かにそこに立っていました。彼の視線は私の背中を射抜くようでした。

 

また歩き出した時、また彼の声が聞こえました。

 

「ほんと、君が女じゃないなんて信じられないよ。番号教えてくれない?」私は聞こえないふりをしました。音楽のボリュームが大きすぎるし、仕事に遅れそうだから何も聞こえなかったと自分に言い聞かせながら。

 

ようやく地下鉄の駅の入口について、階段を降りながら、駅が混んでいることに安心しました。ここなら安心だと。

 

私は黒人のトランスのフェムです。死ななくてよかった、あの男性の私の身体への欲望が暴力に変わらなくてよかった。トランスの女性、ジェンダーの規範に沿わない有色人種の人たちにとって、そういうことはあまりにもよくありすぎるのです。

 

事態は更に複雑になります。黒人で、太っていて、ジェンダーの規範から外れているということが、私を標的にするのです。私の体に好き勝手してもいいと考える人たちがいます。それが街を歩いている男性であれ、ブルックリンのティーンであれ、地下鉄に乗っている女性や子どもであれ、インターネットにいる人たちであれ。

 

よく考えるのです。いつ、私の体は私のものだといえるのだろう?

 

National Center for Transgender Equalityの2015年の調査によると、調査に回答した2万8000人のうち、ほぼ半分が、これまでに性的暴行にあったことがあると答えており、9%はトランスであるゆえに暴行を受けたと言います。

 

今年、少なくとも有色のトランス女性が殺されました。Ava Le’Ray Barrin, Josie Berrios, Chayviss Reed, Kenne McFadden, Alphonza Watson, Jaquarrius Holland, Ciara McElveen, Chyna Gibson, Keke Collier, JoJo Striker, Mesha Caldwell そして Jamie Lee Wounded Arrow. これは非常事態です。なんとかしなければなりません。

 

私の世界では、欲望と暴力は絡まり合っています。街を歩いてただ職場に向かっているとき、このことをいつも考えます。

 

James Dixonの事件のことを考えてみてください。この男は、2013年にハーレムでIslan Nettlesを殺した犯人です。昨年の彼の裁判中、Dixonは「自分のプライドがかかっていたから」彼女を殺したと自白しました。

 

Nettlesは当時、ハーレムを複数の友人と歩いていました。そこに、Dixonが声をかけました。DixonはNettlesがトランスジェンダーだと知らず、それを知っていた彼の友人が、Dixonを笑ったのです。Dixonは、自分の欲望と外部からのプレッシャー(男が「男」を欲望するのはおかしい)の矛盾を自分の頭のなかで解決することができなかったために、Nettlesを殴り殺したのです。

 

トランスやジェンダーの規範から外れた身体が、自分に快楽を生み出すということを恥だと感じる人がおり、その人達はまた、自分のその欲望が他人にばれることを恐れます。これは、詩人のClaudia Rankineが警察による暴力について書いたことと似ています。「白人男性が自分の想像力を取り締まることができないから、黒人が死んでいる。」同じように、トランス女性やジェンダーの規範に沿わない有色人種の人たちが殺されるのは、人々が、とりわけシスジェンダーの男性と女性が、自分の想像力を取り締まることができていないからです。

 

DixonはNettlesは自業自得だと言いました。なぜなら、Dixonは「トランスに騙され」、友人にからかわれることになったから。私たちが生きているのはこんな世界なのです。

 

最近、マンハッタンに通勤しながら、Nettlesのことを考え、男性のまなざしと責任の重さに、音楽を聞いていることもできなくなりました。電車に揺られながら、自分の周りの人たちを見回しました。黒人の母親とその子どもが隣りに座っていました。本を読んでいる(そしてその合間に私の方をチラチラ見ている)白人の女性が正面に座っていました。

 

この人達は、通勤しながらどんなことを心配しているだろう、と思いました。死ぬことを心配している?殴られることは?もし電車に乗っている時に誰かが私を攻撃してきたとき、介入してくれるだろうか?

 

悲しいことに、トランスやジェンダー規範に沿わない人たちは、人種、階級、ジェンダー、セクシュアリティが交差するところで暴力を経験し、自分の死さえ自分のせいだと言われるのです。

 

誰かの欲望を向けられて、喜び、生きていく人もいるでしょう。でも、そのせいで死ぬ人がいてはいけません。

 

 

Jamal Lewis is the communications coordinator at The Audre Lorde Project.