feminism matters

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リベラル男性はフェミニズムをわかっていると思っている。でも全然わかっていない。

 

Liberal men think they know feminism. They really don't

リベラル男性はフェミニズムをわかっていると思っている。でも全然わかっていない。

 

2017/10/19

Jessa Crispin

 

原文はこちら。https://www.theguardian.com/commentisfree/2017/oct/19/liberal-men-feminism-harvey-weinstein

 

ようやく、私たちの文化も(一部の)女性に対する暴力を、(ある程度)深刻に考えようとしているようで、これまでずっとヒソヒソと話されてきたことが、公に語られるようになりました。ここ数週間に、いわゆる「教養」もあってリベラルとみなされてきた産業の男性たちが、ハラスメントと性的暴行の疑惑によってその評価を落としています。

自分の権力を乱用しつつ、進歩的政治やフェミニズムの主張の光の影の中に隠れることで、それをなかったことにしてきた男性の数の多さには驚かされます。

ハーヴェイ・ワインスタインは女性監督を擁護してきたのに、本当にそんなに酷いやつなのか?ミッチェル・サンダーランド(オンラインマガジンBroadlyの編集者)はフェミニスト向け雑誌で働いているんだから、オンライン上での女性に対するハラスメントを焚き付けるようなことはするはずがない。マット・タイビは女性嫌悪と政治の腐敗についての素晴らしい記事を書いているんだから、彼が自分の部下の女性にセクハラしたのを自慢しているのも無視する。

女性の問題について書いてきて、フェミニストを自認してきた左派系のライターたちが、いま暴行と強姦の容疑をかけられています。公には、彼らは自分たちは私たちの仲間だと言ってきましたが、プライベートでは、真の姿を明らかにしたというわけです。

まちがいなく、偽善的です。でも、それだけではありません。男性のフェミニストは、長い間左派からも右派からもからかいの対象となってきました。自分たちのことを勝ち組男性だと思っているオルトライトは、男性フェミニストは男のヒエラルキーの中で最下層であるゆえに、女にさえ跪くのだと言ってきました。

左派の間には、自分のことをフェミニストだという男は、女とヤリたいだけだという暗黙の理解がずっとありました。サタデー・ナイト・ライブでネタにされるほどです。理解ある仲間として振る舞うとしても、それは暗い真実を隠すためだけなのです。つまり、男性はフェミニズムにまったく出会ったことがないということ。

もちろん、リベラル・アーツ大学でフェミニズムの授業をとったとか、女性が道で失礼な言葉をなげかけられたり不必要に高い美の基準を押し付けられたりするのは酷いことだと考えたり、保守のキリスト教徒の政治家が女性の中絶の権利を奪うのはアンフェアだと考えていたりするでしょう。女性の問題について「正しい」ことを全て信じていたとしても、それでも、彼らは女性のことを、自分の性的快楽のための道具であるかのように扱うのです。

男性にとって、フェミニズムとは「こう考えるべき」とか「こういう候補に投票するべき」であってはなりません。女性のことを表現するのに間違った表現を使わないとか、道ですれ違う女性に対して失礼なことをしないとかではありません。それは、暴力的な振る舞いにつながる、暗い、自分の無意識の中にある衝動に光をあてるプロジェクトでなければなりません。

ジェンダーの間の権力の不均衡は、生まれた瞬間から刷り込まれるもので、私達の文化的価値(強さと権力が、共感と柔らかさよりも尊ばれる)は娯楽、ニュース報道から政治構造にいたるまで、あらゆるものから伝染するのです。

公の場で女性に対するリスペクトを示すことと、女性と二人っきりでいる時、彼女は彼女自身のニーズと欲望をもつ1人の人間なのだと無意識もしくは意識的にちゃんと理解しているか、は別のことなのです。アルコールと性的欲望は、建て前のベールの下から無意識の内の信条を持ち出し、自分でさえ気づいていなかったような自分自身を晒します。

フェミニズムは男性にとって、精神的な覚醒、公とプライベートの両方で女性の抑圧に自分が加担してきた方法についての目覚めであるべきです。

男性にとってのフェミニズムとは、自分自身の一部を知ることであるべきです。自分が単に弱さだと見過ごしてきた、自分の中の女性的な性質や共感する能力や傷つきやすさを知り、それを取り戻そうとすること。これは、心理的、スピリチュアル的でさえあるプロジェクトで、単に政治的なものではありません。

それが理解されるまで、男性にとってフェミニズムは存在しないも同然です。このことを理解している男性があまりにも少ないということは、男性性の未来は暗いということです。

ハラスメントや暴行の報道は今後もひっきりなしに入ってくるでしょう。新しい怪獣が、すでに地に落ちた怪獣に取って代わる。そして男性たちは、フェミニストTシャツの下に怪獣の心が眠っていることに、いつまでも驚き続けるのでしょう。

 

Jessa Crispin is the author of Why I Am Not a Feminist: A Feminist Manifesto