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私たちは弱者なのかテロリストなのか?:ムスリム女性が暴力的な偏見の網の目にとらわれる方法について

私たちは弱者なのかテロリストなのか?:ムスリム女性が暴力的な偏見の網の目にとらわれる方法について

Are We Weak Or Are We Terrorists? Here’s How Muslim Women Are Caught In The Web Of Violent Stereotypes

 

Hadiya Abdelrahman

2017/10/30

 

原文はこちら。https://everydayfeminism.com/2017/10/muslim-women-stereotypes/

 

私が15歳の頃、母にホームスクールにしたいと頼みました。9/11から5年ほど経って、私はまだ人々から向けられる視線に慣れることができていませんでした。店の通路で、知らない男が私の母に「この国から出て行け」と叫びながら追いかけてくるという事件があった時でした。母は私の頼みを聞いてくれ、ホームスクーリングしている間、私はグレン・ベックの番組やCNNを熱心に見ました。人が誰かをイスラム教テロリストかムスリム過激派とラベル付けする、考えられうるあらゆる方法について頭に叩き込みました。

 

グレン・ベックの番組にメールを出し、アンダーソン・クーパーのブログや、コメント欄のついている場所ならどこにでも書き込みました。私自身のこと、私の存在を説明しなければならないという思いに駆られていたのです。世界はムスリムにとってあまりにも暗い場所に見え、私は公の場に出るのを避けるようになりました。母と買い物にいくことも少なくなり、人目につくような場所にはいけなくなりました。世界は、インターネットのコメント欄のように広く、憎悪に満ちていました。数え切れないほどたくさん、人の考え方を変えようと試みましたが、人々は憎悪を持ったままでした。グレン・ベックやその他大勢の「ムスリム女性がいかに抑圧されているか」を説く人々に応答し続けました。しかし、どんなに私が、15歳の自分の人間性について世界に説明しようとしても、そこには私の居場所はないと思い知らされるだけでした。

 

複数のコメントに一度に返信し、私は抑圧されていないと説明しようとしたときのことを覚えています。私は10代の若さで、学校に行くことが出来るし、自分で選ぶことができると。人々があまりにも過度な一般化をしていると人々に気づかせようとしていたのだと、当時の自分はまだ解っていませんでしたが、必至でこの家の外にも私の居場所があるのだと信じようとしていました。振り返ってみると、毎日を矛盾の中で生きていた子どもにあまりにも申し訳なく感じざるを得ません。同情の対象であり、同時に脅威であると思われているというジレンマは簡単なものではありません。

 

同情の対象であり脅威の源でもあるという矛盾は、大学時代に西洋世界の有色人種やムスリムに対する抑圧について多くを学ぶようになってからも続きました。この明らかな矛盾は、私には衝撃的で、理解不可能なものでした。ムスリムの女性の1人として、どうして私が従順で、抑圧されていて、弱者であると同時に、西洋世界に対する最大の脅威のシンボルでもあるということが可能でしょうか?多くの人は、このような2つの矛盾した攻撃に晒され、応答しなくてはならないときの内面的葛藤についてまったく気づいていないようです。とくに、私たちの世界の男性——彼らはまた、FBIの監視、収監、拷問の被害者でもある男性たちですが——はムスリムの女性と世界全体を脅かすテロリストであり、彼らから私たちは救われなくてはならないという考えがもたらす葛藤について。

 

数年前、イラクの占領がイラクの女性に与える影響について詩を書きました。とくに、アメリカ兵にレイプされた若いイラク人女性の話について。その締めくくりはこうです。

 

あの人たちは会議の途中で彼女について話したことが一度でもあるのだろうか/すでに死んだ男たちから女をどう守るかを話ながら、フォークとナイフが音を立てる

 

ムスリム女性を救わなくてはならないという考えは、ムスリム男性に対する暴力のシステムと一体です。ローラ・ブッシュがアフガン女性を救うと呼びかけ、フランスでのヘッドスカーフの禁止やアメリカのアフガン侵攻が始まったことは、私達が脅威であり犠牲者であるという世界の矛盾の最たる例です。ムスリム女性は西洋の公共圏に対する最大の脅威と思われていると言いましたが、これはムスリム男性と女性は全く違うと言っているわけではありません。「イスラム教テロリズム」は一般に脅威とされていて、そして女性「と」男性がそれを体現しているとされています。ただし、ムスリム男性は同時に「抑圧されている」というイメージと闘わなくてはならない、ということはありません。アフガン侵攻の2週間前、ローラ・ブッシュは言いました。「世界中の文明化された人々は、恐れおののいています。アフガニスタンの女性や子どもたちを思って心を痛めているから、というだけでなく、アフガニスタンは、テロリストが私たちに押し付けようとしている世界を示しているからです。」

 

私たちが攻撃に最も晒されていると同時に、好戦的な同情の対象でもあるとき、矛盾が生じます。何がどうなって、私たちは救われなくてはならない対象であると同時に、攻撃の対象でもあるのでしょうか。このことを理解するまで、長い時間がかかりました。私のヘッドスカーフは私の抑圧と弱さのシンボルであり、しかし、私が抑圧されていると固く信じている人に囲まれる時、非常に不安で緊張します。ヘッドスカーフが救出を必要としている女性の抑圧のシンボルであるなら、なぜヘッドスカーフをしている女性は雇用を拒否されたり、教育を受けることを許されなかったりするのでしょうか?女性の前進を助けようとしている場が、しばしば、同時に女性の基本的人権を否定する最前線に立っていたりするのはなぜでしょうか?

 

2010年、フランスで、「全身を覆うベールは女性の従属のシンボル」「隷属の鎖」であり、ベールの禁止は「女性を解放」し、ゆえに「フランスの、全世界の抑圧された女性への支持」を示すという議会報告書が提出されました。そして、これは即座に「抑圧された」女性が雇用や教育へのアクセスを失うということを正当化したのですが、雇用や教育は女性の解放に必要ではないですか?西洋が、全身や体の一部を覆うことは選択であると考えもつかず、男性から強制されているに違いないとしか思えないのは、西洋のムスリム女性への見方を反映しています。私たちは弱く、私たちは自分の意志で選択ができないということです。

 

この見方は、女性が公共圏にアクセスすることを否定したい西洋の欲望と結びついています。要するに、私たちが満ち足りているとか、能力のある存在だと認識不可能なのです。これは女性を解放したいという欲望とは全く関係がなく、何世紀にも渡って存在する西洋世界の有色人種の人々に対する人種主義と排外主義を悪化させるだけの議論です。「解放」とか「自由」といったリベラルの畏まった語彙を使っていても、要するに、純粋に「西洋」の空間である、コミュニティや社会の人種や民族に基づく分離を作りたいと言っているのです。

 

この矛盾は、ローラ・ブッシュの言葉の中に現れています。彼女は9/11の後のアフガン軍事侵攻の熱烈な支持者であり、アフガン女性の苦境と、彼女たちを文明世界が救出する必要をその根拠としました。その抑圧のシンボルが、アフガニスタンで多くの女性が着用している「ブルカ」であったわけです。軍事侵攻の後、ローラ・ブッシュはこう述べています。「アフガニスタンでの軍事的成功によって、女性たちはもう家庭に閉じ込められることなく、音楽を聞き、罰を受ける恐怖を感じることなく、娘を教育できるようになった。」「弱者女性」の解放は、軍事侵攻から数年何度も繰り返し語られました。

 

これはまさに、インド出身のフェミニスト理論家ガヤトリ・スピヴァクが「サバルタンは語ることができるか?」というエッセイで述べたことです。「白人男がブラウンの女性をブラウンの男性から救う。」さて、アフガニスタンでは女性はブルカを着用しなくてもよくなったわけですがーー侵攻から16年経って、ブルカを着用する女性の数は劇的に減っているわけではないにしろーーアフガニスタンの女性たちの抑圧は軽減されたのでしょうか?軍事侵攻から16年の間に、戦争で多くの女性が命を失い、暴力や恐怖のうちに生きているというときに、解放とは一体何のことでしょうか。

 

私はこの矛盾をどう考えていいかわかりませんでした。長い間、私は2つのアイデンティティを上手に取り扱う事ができると思っていました。強い女の子であり、同時に、人を攻撃したりしないソフトな存在であること。15歳で始めたホームスクーリングは1年でやめました。1年間家で過ごし、孤独の中で深く考え込み、可能な限り大量の本を読みました。この1年の間、私の人生を変える本に出会いました。今でも何度も読み返す本たちです。1年の間に成長したと思いますし、両親はプライドと勇気を持つことの大切さを教えてくれましたが、ホームスクーリングをするというのは私の子どもには選択してほしくない選択肢です。9/11後の世界を生きるムスリムで、ブラウンのアメリカ人少女であることは、「9/11後」というパラダイム同様に非常にユニークなもので、両親や周りの人たちの助けがなければ理解できませんでした。複数の、矛盾するアイデンティティを持つという困難を経験し、自分の子供とは、自分の肌の色について悩んだり、人から向けられる言葉に消耗しないですむように必要な会話をしたいと思っています。そういう会話の難しさや私の経験から、私は自分の子供には、世界をあるがまま経験し、自分の置かれた場所について理解してほしいと思います。同時に、自分のいる場所を祝福し、自分の中に力があることにも気がついてほしいとも思います。何年も疑心暗鬼になったり、不安になったり、自分の身の回りで起きていることが理解できないという経験をし、私は2つのうちのどちらかであろうとしても、そのどちらも十分ではないのだとわかりました。ヘッドスカーフではなければ名前、名前でなければ私の信仰や民族…何らかの理由をつけて常に抑圧が降り掛かってきます。

 

このエッセイを、ライラ・アブー=ルゴドの言葉で締めくくりたいと思います。「ムスリム女性は本当に救出を必要としているのか?」というエッセイで、彼女はムスリム女性の救出と対テロ戦争の関係について論じています。このエッセイは、ムスリム女性の悪魔化とアメリカの帝国主義についての素晴らしいエッセイです。ムスリム世界でのアメリカの暴力がムスリム女性の「救出」と結び付けられていた時代に非常に重要であったエッセイであり、西洋フェミニズムと西洋帝国主義の繋がりに関心のある人には必読のエッセイです。

 

アブー=ルゴドはこう述べています。「私たちは世界の外側で、抑圧的な文化の影の下——もしくはベールの下——に生きながら、貧しく愚かな人の波を眺めている存在ではありません。私たちはこの世界の一部であり、イスラムの運動はそれ自体、西洋列強が中東の人々の生活に激しく食い込んできたことによって作り出された世界の中で、生じたものなのです。」

 

Hadiya Abdelrahman is an Everyday Feminism Reporting Fellow. Hadiya graduated from Rutgers University with a double major in Women and Gender studies and Middle Eastern Studies. Hadiya currently works with refugees and asylees in NYC. When she’s not at work, Hadiya writes angry rants and poetry. She enjoys writing about topics that focus on refugees, intersectional feminism, and state violence against people of color.