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紙の上のキャラクターじゃない:シントニア・ブラウンと被害者の描かれ方

Not A Cardboard Cut Out: Cyntoia Brown and the Framing of a Victim

紙の上のキャラクターじゃない:シントニア・ブラウンと被害者の描かれ方

 

2017/12/06

Mariame Kaba and Brit Schulte

 

原文はこちら。https://injusticetoday.com/not-a-cardboard-cut-out-cyntoia-brown-and-the-framing-of-a-victim-aa61f80f9cbb

 

2004年8月6日、16歳のシントニア・ブラウンは、ブラウンをセックスのために家に連れ込んだジョニー・アレン(43歳、ナッシュビル出身)を撃ち、殺した。自衛のためだったとシントニアは後に警察に語っている。アレンがシントニアを家に連れ込んだ後、彼はシントニアにショットガンやライフルを含む複数の銃を見せた。シントニアの法廷での供述によれば、その後ベッドの上で、シントニアは自分の財布から銃を取り出して彼を撃った。

シントニアは成人の客による暴力から自分を守ろうと行動したのだが、ナッシュヴィルの検察はシントニアは強盗目的でアレンを撃ったと主張した。逮捕から2年後の2006年8月25日、シントニアは成人として裁判にかけられ、第一級計画的殺人、強盗などの有罪判決を受けた。彼女は現在、テネシーで終身刑で服役しており、仮釈放を要求できるようになるのは51年服役した後である。

 

今年の11月末、リアーナ、キム・カーダシアン、レブロン・ジェームズら芸能人がシントニアの事件をソーシャルメディアでシェアしはじめ、この事件が再びメディアのヘッドラインを賑わせた。リアーナはインスタグラムにこう投稿している。「どうにか#正義の定義を変えられない?システムがレイピストを後押しして、被害者が人生を棒に振ることになるなんて何かがおかしい!この子の刑罰に関わった人たちに子どもがいませんように。あなたの娘がこんな目にあったらどう思うのか!」キム・カーダシアンはツイッターで、自分の顧問弁護士に#シントニア・ブラウンを解放するために何ができるのか尋ねたと呟いた。

 

なぜシントニアの逮捕から13年後、事件が再び人々の関心を集めるようになったのかは明らかではない。シントニアの弁護人の一人、チャールズ・ボーンはバズフィードに対し、なぜ芸能人たちがシントニアの事件を今更発見したのかはわからないが、人々の関心が集まることは歓迎だと述べた。曰く、「一般的に、こういう問題に人々の関心が集まるのは良いことで、特に私達が現在生きている文化の中においては特にそうだ。」

 

シントニアの釈放を求める署名や恩赦を求める嘆願書がネット上で流れている今、シントニアの有罪判決と彼女の釈放を求める動きの再燃によって見えてきた問題について考えることは価値があるだろう。

 

まず、法廷によって確定されたシントニアの事件についての事実から。シントニアは事件当時、ナッシュビルに住んでおり、彼女のボーイフレンドでピンプでもあったGarion McGlothen(Kut Throatというあだ名だった)に金を稼いでくるよう強く言われてアレンとともに家に向かった。一緒に住んでいた3週間の間、Kut Throatはシントニアを物理的、性的に虐待していた。

 

2011年のPBSのドキュメンタリー”終身刑を受けて:シントニアの物語”の中で、シントニア自身が彼女の攻撃とアレンの死について語っている。シントニアによれば、アレンと出会ったのは彼女が街でセックスワークをするために車に乗せてくれる人を探している時だったという。アレンは、セックスワーカーを探してドライブ・インの駐車場をぶらついていた。アレンはシントニアに200ドルから100ドルに値切るよう交渉し、2人は最終的に150ドルで合意した。

 

シントニアは自分の経験のことを、生存のためのセックスワークだったとも、もしくは成人のピンプに言われるままの10代の売春とも語っている。Kut Throatにセックスワークを強制されたと言っているのは確かだが、現在ソーシャルメディア上でシントニアの擁護者たちがしばしば表現するようには、児童の性奴隷であったとは決して言っていない。このようなセンセーショナルな語彙は、性の取引やストリートの経済の中での若い人たちの経験の中にある複雑さを単純化し、見えにくくしてしまう。自分たちの経験を描くために彼/女らが使う語をより理解できるよう、彼女たち自身の言葉を聞くほうが役に立つ。

 

シラ・ハッサンは、今はなきシカゴのYoung Women’s Empowerment Projectのディレクターとして、性の取引やストリートの経済に関与していた少女たちと関わっていた。ハッサンは、性の取引を「女の子たちがセックスやセクシュアリティを、金銭や贈り物、生きていくためのニーズ、書類、居場所、ドラッグなどと交換する、もしくは強制的に交換させられる」ことだと定義している。

 

サバイバルのためのセックスや性の取引への関与は、しばしば家を離れた若者にとって生きていくための唯一の手段である。これはとくに、リソースや機会へのアクセスが乏しい有色人種の若者、クィアやトランスの若者の場合そうである。10代の若者がサバイバルのためにセックスをする直面している現実を生み出すのは、安全でない家庭や住居環境、雇用・手の届く価格のハウジング・ヘルスケア(トランスの人たちが必要とする治療やサービスを提供できるヘルスケアを含む)・メンタルヘルスのリソースの欠如、貧困、人種差別、クィアフォビア、ミソジニーなどである。

 

ストリートの経済は、「課税されない現金のためにするあらゆることを含む。街角でCDを売るでもなんでも、金銭を得るためにするあらゆることで、課税申告しないもの。これらは、女の子たちが路上で生きていくための方法となる」とハッサンは定義している。

 

他方、人身取引(trafficking)は、強制されたり、騙されて行うあらゆる形態の労働——性的労働を含むが、それだけに限らない——を意味する。人身取引の被害にあって、性の取引において暴力の被害に合う若者がいるというのは事実である。しかし、金銭のためにセックスを取引する若者の全てが人身取引の被害者であるわけではないと理解しておくのは重要である。法律は、セックスを取引する18歳以下のすべての人を、彼/女たちの実際の経験とは無関係に、人身取引の被害者とみなす。これは、彼/女たちの経験の複雑さを無視するものであり、自分の経験を自分で定義し、自分に必要な解決策を要求する主体性や自己決定を否定しているという点で、若者にとって不利益になる。「落ち度のない完全な被害者」の語りのために若者たちの生を単純化してはいけない。

 

シントニアは、大人たちが性取引に関わる若者についての物語を投影できる紙の上のキャラクターではない。彼女は、恐ろしい暴力を経験した若い女性だが、それだけが彼女の全てではない。シントニアは自分で自分のストーリーを語る事ができるが、彼女を主体性のない犠牲者として描くことで、シントニアの擁護者の一部は、シントニアの自己防衛やサバイバル、抵抗の物語を聞くことをより困難にしている。彼女のリアリティのすべてを描く方法が必要だ。自己防衛の権利をもつ暴力のサバイバーとして、そしてサバイブするために最善を尽くした若い女性として。

 

シントニアの事件が再び人々の関心を集めることは、性取引やストリート経済のさなかにいるすべての若者の生活を向上させるのに役立つだろうか?それとも、「完璧な犠牲者」の物語を追求するために現在の関心とシントニアを性「奴隷制」と人身取引の犠牲者と描くことは、彼/女たちの声や複雑さを消し、若者のさらなる周辺化につながってしまうだろうか?「完璧な犠牲者」の物語においては、黒人女性は排除されるのが常であるのだが。

 

「完璧な犠牲者」物語に当てはまらない若い女性に何が起こるか。自衛したことを厳しく罰されたり、人身取引を行う側だと指さされ、人身取引から若者を守るために作られたはずの法律によって長い刑期を課せられるかである。いわゆる「司法制度criminal legal system」と私達が呼ぶものーーなぜならそこにはあるべきはずの正義justiceはないのでーーによる刑罰を受けなかったとしても、ここ十年ほどの間に州レベルで制定された人身取引法の多くは、それに関わった若者を、彼/女たちが痛めつけられ、逃れようとしたところの里親制度などのシステムに引き戻してしまう。もしくは、そもそも若者たちが性取引をするようになった状況に全く対処しない「治療」を強制する。もし彼/女たちが「完璧な犠牲者」に期待される役割に「従わ」なければ、他の暴力のサバイバーの多くと同様、彼/女たちに必要で、受け取る資格のあるサポートを得る代わりに、監獄に閉じ込められてしまう。暴力のサバイバーを起訴し、牢屋に入れるのは、要するに暴力をふるった人たちと同様に、法廷や監獄も、若者を罰し暴力を振るう側に立っているということだ。これでは、犠牲者のトラウマや虐待の経験は膨れ上がり、長引くばかりである。

 

シントニアを子供のままにしておこうとする動きもまた危険である。彼女の事件が再び人々の関心に登った時、アーティストはブラウンのイメージを、彼女が16歳で裁判にかけられたときの様子(ツインテールをしていた)を基に描き、「シントニアを解放せよ」とテクストをつけた。さらに、16歳頃の様子を描いたイメージと、レイピストのブロック・ターナー(元スタンフォード大学の水泳選手。意識のない女性に性的暴行を加え、3ヶ月のみ服役)の顔写真を並べたイメージや、「小児性愛者の性取引組織がシントニアの事件の裏にいる」という主張も広くネット上で共有された。なぜシントニアの子どもの頃のイメージが人にうけるのか?成人で、今は29歳になった黒人女性は、同情に値しない犠牲者なのか?そうだとしたら、なぜ?完璧な犠牲者のみをサポートしたいというメディアや大衆の欲望のために、トラウマや抵抗は都合よく無視される。完璧な犠牲者とは、従順で、攻撃的ではない。薬物使用の過去もなく、犯罪組織との接触もない。彼女たちは「無垢」で身元がしっかりしていなくてはならない。

 

現実には、完璧な犠牲者などいない。16歳のシントニアがそうであるのと同程度に、29歳のシントニアも監獄から解放され、この「罪」は無罪とされるべきなのである。

 

シントニアの物語は、悲劇的で不条理だが、珍しいものではない。私達がこの記事を書いている瞬間にも、もう一人、犯罪者とされたサバイバーのアリシャ・ウォーカーが、今年の3月から収監されているイリノイ州ディケーター矯正施設から電話をかけてきた。(解放されなければ、そこで10年過ごさないといけないことになっている。)「シントニアは素晴らしい、勇敢な女性だ」とアリシャは言った。「16歳だったんだって?痛みに1人で耐えようとしたことで誰も罰を受けるべきじゃない。その子はただやらないといけないことをやっただけ」

 

アリシャ・ウォーカーは2014年、コンドームなしのセックスを要求し、従わなければレイプするとナイフで脅してきた暴力的な顧客から彼女自身と友人を守らなくてはならない状況に立たされた。シントニアや他の多くの若者と同じように、アリシャも抵抗した。アリシャは自衛のための行為によって、彼女を計算高い犯罪者とみなす人種差別的な法システムの暴力に晒された。アリシャとシントニアはどちらも若い黒人女性である。黒人女性の身体は本質的に犯罪と結び付けられており、無罪が証明されるまで有罪と前提されがちである。しかし、現在の司法システムは、彼女たちを無罪として認識することができないし、しようとしない。そうではなく、シントニアやアリシャのラディカルな自己愛と自己保存の行為は、権力者によって懲罰の対象とされている。二人とも、人種主義と売春婦嫌悪(whorephobia)を背負わされているのである。

 

歴史的に、裁判所は黒人女性、フェム、トランスの人たちの自己防衛の行為を罰してきた。この自己防衛の犯罪化はシントニアに始まったのではない。レナ・ベイカー、デシー・ウッズ、ローザ・リー・イングラムのようなサバイバーの事件で、すでに同じようなことが起こった。最近でも、ジジ・トーマス、シシ・マクドナルド、カイ・ピーターソンらの事件があった。これらは私達が把握できている範囲だけの話である。メディアの注目も浴びず、ソーシャルメディアで取り上げられもせず、草の根の運動の目に留まることのない数多の事例があるのである。

 

#シントニア・ブラウンを解放しよう。自分の命を守ろうとしたことを罪とされ13年閉じ込められてきた監獄からだけでなく、彼女の主体性を奪い、暴力のサバイバーであることの意味を管理、コントロールしようとする物語からも。そして、性の取引に関与するすべての若者に対して、全ての暴力のサバイバーに対して、同じことをしよう。Young Women’s Empowerment Projectはかつてこう言った。「性取引に関わる女の子と若い女性のための社会正義とは、管理、懲罰、暴力を受けることなく、自分たちの身体と人生について自分で決められる力をもつということです。私達は問題ではない。私達こそが解決策なのです。」

 

 

Mariame Kaba is an organizer, educator & curator who founded & directs Project NIA and is a co-founder of Survived & Punished among other projects and organizations. Brit Schulte is a community organizer, member of the Justice for Alisha Walker defense campaign, and underemployed art historian currently based in Brooklyn. This commentary reflects the opinions and views of the writers and not necessarily those of In Justice Today.